お客様に教えられること

念珠の修理は創業時時から変わらず続けている仕事のひとつ。

昔は仏壇の販売が中心だったし、念珠は製作オンリーという実に怠慢な経営だったのです。

だから積極的に「修理を承ります」なんて看板は出したためしがなかったわけです。

何しろ製作は同一の形式のものを何百個も同じペースで作っていけるし、
玉も同じ、中通しの糸も同じ、房も同じとなればスイスイ作れるのだから職人の仕事を中断ということになるわけです。

ちなみに念珠は一から十まで手作りです。

と言うことは、手のリズムがものを言う世界。

製作品は何でもそうだけど工場製品に限ったことではなく、手作業の製品も同じラインの仕事のほうが作業がはかどるのです。職人は作った本数で手間賃を取るのだから多く製作したほうがいいに決まっている。

あえて修理を引き受けなくとも・・・というより引き受けたくないのが本音となるのです。
自分が製作するときですらそう思っていたのですから情けない話しです。
「でした」です正確には(^^;;

いつか、店の片隅で製作している姿がお客様の目にとまり、直しもできないかしらと声をかけられるようになってきた。
始めのうちは断っていたと思われる。

嗚呼、なんと傲慢な・・・・

度重なるうちに、じゃあ今回だけとお引き受けして・・・
1本が2本に。2本が5本に。5本が10本にと知らずうちに口コミで承るようになってきたのだ。

未だにお直し処の看板は出していないが口コミでいらしていただくお客様は多い。

ラインが中断すると思われたお直しも、実はお直しのお客様はとても重要だったのです。
プラスチックの買えば1000円もしないお念珠もよく持ち込まれる。
直せば正絹の房を付ける関係から3000円を越えるのに・・・

ものとして考えれば不合理なことはないのに
そこが念珠たる所以なんです。

「念珠」という言葉の意味を思い出させてくれるのであります。

念珠を念珠(もちろん仏壇仏具も)として思いいれ取り扱うことが念珠屋、仏具屋の仕事なのだと言うことを常に監視、アドバイス、修正してくれるのがよれよれにくたびれた念珠なのです。

輪島塗の片手念珠

輪島塗に心が動いている。

輪島にこだわっているのではないのだが、椎朱も含めて塗り物に可能性を感じている。

沈金を入れるか蒔絵をしてみようか・・・・

何か創りたいなぁ・・・

あるお店にて

あるお店での出来事(うちではない)です。

会社で使用する商品をいくつか買い求めたお客様がいらっしゃいました。
どうやら接待用品として使われるのでしょう。
たくさん抱えて大変です。

いよいよレジで清算となりました。

対したレジ担当の店員さんは青葉マークの今日デビューのぴかぴかの一年生。
まだお客様と対面するとドキドキしながらの接客です。

商品を慣れない手つきで包装して・・・
(ちゃんとマニュアルどおり畳めた。完璧だ!やったわ)
(嬉しい)

よく解りますヨ。その気持ち。
包めないと頭に血が上っちゃうんですよね

ちゃんとレジも打てました。
(やったー!)

しかしここで予期せぬ要求がきました。
青葉マークどうする・・・

お客様:「領収書、書いてくれる?」
(まだ手書きの領収書なんて書いたことないわ)

青葉マーク店員:「お名前何とお書きしますか?」

客:「上様にして」

青葉マーク:「はい上様ですね」

はじめて書いた領収書。ドキドキはするけれど嬉しいものです。

意気揚々と元気に応えました。

青葉マーク:「上様様こちらでよろしいでしょうか?」

ジャンジャン!!

お土産

いただいちゃいました。

日光開山の祖、勝道上人が使われた錫杖の摸刻品。

男体山開山1230年を記念しての錫杖とな・・・・

つい一昨日、雨の中法螺貝を片手に白装束に身を包んで男体山登頂に挑んだTさんの山修行のお土産です。

途中、音信不通になって無事すまないかと心配もしましたが、ずぶぬれになりながら閉門時間ギリギリでふもとに戻ってきたことを知りました。

天空に浄土があると言われた勝道上人に手取りしてもらいながら無事降りてこられたのかなと勝手に想像しているTONなのでありました。

Tさんも不思議がっていたのですが、
開山1230年記念ということは、ネットで探したがどこにも告知されていないのです。

不思議だなぁ・・・・