ネットサーフィン(死語?)していたら、琴線に触れる画像に出くわした。
TONの生まれた千代崎町は目と鼻の先。
今は山手トンネルと言うらしいが、TONが幼少の頃は横浜市電の専用随道で唯一バラスト(石ころ)があらわになっている専用軌道の区間だった。
元町側から随道を抜けると下町っぽい町屋の景色に一変する。右側の洋風な建物が市電車庫でTONの母親が勤めていた。
勤めていたと言っても市電車輛の清掃婦として一日中車庫内で車両を清掃していた。
TONは当時この右手奥にあった、柏葉幼稚園に味噌っかすとして姉のお伴で通園していた。
悠長な時代で母子家庭で日中働かなければならないのに困っていると母親が園長に相談すると、園で預かってくれると快く首を縦に振ってくれたのだという。
入園年齢に達していない以上仕方ないが、正規入園ではもちろんないし父が急死してどん底の時代、お金も出せなかっただろう。
そんな親の配慮も知ったこっちゃないひねくれTONは、足が痛いと言っては二つ上の姉におぶってもらいながらのイヤイヤ登園であった。が、帰り道にはこの車庫に寄って母親の働く姿を見ながら時間を過ごせるので、帰り道にイヤイヤした記憶はさっぱりない。
車庫に自由に出入りし、ドアの開いてる車両に勝手に入り込んでは姉と遊びまわっておとがめなしなのだからいい時代だったとしか言いようがない。
なつかしい。。。。。。
借り物の写真なので削除要請がくれば削除したいが、こんな懐かしい写真がWEB上にはアップされているんだな。。。


