「ちょっと店長借りるね」
と、いつものお庭番の末裔のTさん。
ご家族で来られ、近況など店内で話していたが、忙しそうだからと僅かな時間で席を立つ。
店の前でお見送りと思ったら、話したりないからと、店の子に一言、冒頭の言葉。
隣のコーヒー店に誘われ、のこのことついていった。
「いつもお世話になっているからね。たまにはいいでしょ」
こういう言葉に弱い。
でもね、お世話されているのは僕の方。
長い期間、店を運営できたのはお客様と心の交流ができたからなんだから。
品物とお金のやり取りだけで商売が成り立つ人も中にはいるのかもしれないけれど、僕にはとうていできない。
とうの昔に別の道に走っていただろうと、うそ偽りなく、そう思う。
飽きない商い。厭きない商い。
そのためにはお客様を好きになることしかないんだよ。
仕事を好きになることは後でもついてくる。
お客様が好きになれば、自分の仕事でお客様の役に立てれる。
そう思うから、仕事にも身が入る。
便宜上、仕事が好きだからと口にすることは多い。
でもね、もっと大事なエネルギーの元は、
喜んでもらえるから。
こんなことを言うと、「なに青臭いことを」といぶかしがる輩もいるだろう。
でもね、人の為に尽くせると思うからこそ力も出、長続きもできるんだ。
ぼくは、本当にそう思っている。
だから、人を、お客さまを大事にできないほど心がすさんだら、もう続けられないと店を畳むだろう。
コーヒーを飲みながら、Tさんの髪の白さやしわの深さに気づき眼で追いながら、いっしょに歳をとっている自分が、ちょっと不思議で、ちょっとおかしかった。