浅草のそら 新嘗祭かぁ。。。

戦前生まれの親たちの世代は、この日は新嘗祭(にいなめさい)と終生、口にしていた。

若いころは、「新嘗祭だってぇ、昭和ひとけたは古いねぇ」なんて悪態をついていた。が、日本の姿を的確に射抜いている表現だと今は感心する。

国民の休日としての新嘗祭の名称は使われなくなったが、宮中では新嘗祭の神事は変わらず行われている。天皇陛下が新穀などの収穫物を神々に供えて感謝し、自らも食しておられるのだ。日本のありようを変えることなく延々と脈々と伝え及ぶことは、どう中心から振れてしまっても中心棒が存在するということは、いつでもそこに帰ることができるわけで、日本というお国柄から逸脱することから免れることができる。国民としてはありがたいことだと思う。

柳橋界隈

早朝、、、といっても最近は日が昇ってからでないと表に出なくなっちゃったけど朝ラン(ただいま故障中である気が70%)に出かけるのが日課。

今日はいつもの北巡りを気分転換に南巡りに変更。腰に来ていなければ新大橋の方まで行きたいのだけど、両国橋まででUターンとなった。

柳橋周辺はTONの好きな風情を今なお漂わせている界隈だ。もう花柳界はなくなってしまったけれど、柳橋芸者がお参りしていたお稲荷さんがビルの谷間にポツリんと残り御影石の玉垣に彫り込む文字を目で追うと、花柳界華やかなりしころの当時を彷彿とさせられる。

柳橋物語に勝手な幻想を抱いて初めて近代の柳橋を見つけた時の驚きは大きいものだった。

けどそこからの眺めは、国際都市TOKIOとは思えない風情ある光景であることも確かなのだ。

隅田川テラスがここまで出来上がっていた。しばらく来ない間に随分変わった。

両国橋は、りょうごくはしと読む。濁らないのだ。但しりょうこくではないことを念のため。

ゆりかもめが全然いなかった。代わりにガーガーでかい声で鳴くかもかな。。。雰囲気を壊す。

ご存知両国駅前の力士像。いつか持って行かれやしないかと余計な心配。

両国駅から50歩(足の短いTONは100歩)で国技館。を過ぎれば江戸博の裏手をかすめながら安田庭園の入口を右に曲がる。適当にカーブしている遊歩道が気持ちいい。

正面には東京慰霊堂を望む。

東京に来たばかりの頃は、こんな時間でもどことなく不気味で仕方がなかったものだが。。。
横網公園というだけに公園ぽい。
記念館のまわりは銀杏の落葉で美しい散歩道。

素敵な遊歩道としか見受けられません。

建物脇に展示されている鉄塊に気づきそれが何かを理解しなければ。

車の残骸です
釘の塊です。溶けて固まったんですね。

横浜の実家にいるとき、小学校時代にその存在を知って大人になったら絶対に行ってみたいと思いつつも横浜を離れる気持ちのなかったTONが東京住まいになるわ、住処が慰霊堂の至近距離という立地に住み着くのだから、どうしようもなく縁があったなだろうなと思うしか言いようがないよね。

白檀平玉の応用

108本連の腕輪用にと思って磨ってもらった老山白檀の平玉だけど、老山がこう高騰しちゃうと108玉にするとえらく高価になっちゃうので半繰(54玉)にしてみました。

いっそ親玉、二天もポイントにしてみようかなと本翡翠を差し込んでみました。

王の石というだけあって貫禄は十分。

琥珀だと同系色でいいかも、一石飛ばしに小玉を差し込んでも面白そう、はたまた・・・次から次に想いつきが暴走しようとするのでいい加減にストップ。

基本は。このへんまでだよね。

うつくしの香

数奇な運命を辿ってきたがようやく本製品で落ち着いた。

歌舞伎の名門の役者が起縁となってその監修により香りが創られた。

鬢付け油か役者にほのかに漂うそんな白檀をベースとした香りが何とも言えず人気を博したが理由あってその手を離れもう再販されないのだろうかと半ば諦め基調だった。が、今日パッケージも新たにリリースされた。

良かった。お客様からも何度か聞かれていて、答えに窮するなんてことも。なんと答えて良いやら、まぁそれだけ根強い人気があったことの裏返しといえば裏返し。でもね情報も出さないで時間をかけすぎだよーと販売側からは思うのだが、さて。どうなることやら。

香りはもとのまま。白檀ベースの甘い香りは変わらなかった。