浅草のそら

以前、写経教室に通ってくださっていたI氏が奥様と店に寄ってくれた。

店の者はわからず、それもそのはず入社するずっと前の話だもの。TONに声をかけた。

TONは奥にいて声を聞いたときにIさんだと気付いた。

どうしているかなといつも思っているから、その心の声に応えてくれたか、と思った。

いつもそうなんだ。思うと会える。

「80越えたよ」という。「あの時は62か3。18年くらいかな・・・」だって。

お父さんの介護のためにここに来られての写経は辞めて家に引っ込んだんだった。

(もうそんなになるの・・・)本当に正直な気持ち。生まれた子供が成人を迎えるような時間が流れていたんだ。

それに見合った仕事をしてきているかなぁ。ふと思った。

同じサイクルで店を開け店を閉める単なるルーチンになってはしないか。

昨夜夢を見た。

起きがけに「人と同じことをしていたら同じ結果しか出せない」と耳に残っていた。

どうだろう・・・・か。

浅草のそら

新型コロナウィルスの騒動が始まってから、仕事をしながら感じる空気は東日本大震災後の雰囲気にどこか似ている。僕らの仕事は社会の空気をものの見事に反映する。天変地異でも、経済の上下でも、人の心をこんなに映し出す鏡ってあるのだろうかと思うほどストレートに伝わり、結果となって還ってくる。

早くこの騒動が収束しないだろうか。

最前線で見えない敵と戦っている人々にエールを送りたい。。。

浅草のそら  今日は紀元節なり。

日本書紀によれば、神武天皇の即位日は 辛酉年春正月庚辰 つまり2680年前の一月一日元旦となる。国の始まり、肇国を知ることはとても大切なこと。トエンビーの言葉を借りれば国の歴史、神話を知らない国民は滅びに至るというが本当にそう思う。先の大戦に負けると日本の大切な背骨を叩き折られ、捨てられていた紀元節も建国記念の日と名を変え復活した。ただ、子供の頃大人たちに聞かされてきた紀元節行事とはあまりにかけ離れた今の記念日には魂の入らぬ仏像のごときにかんじてならないのである。

これだけあればなぁ。。。沈香

TONがこの仕事を始めた頃は、線香屋の営業マンが香木の善し悪しを見てもらうとき決まってすることが、沈香の欠片を手に取って、おもむろに取り出したライターを着火してもったいなくも焦がしてくれたものだった。

今では信じられない光景が展開されたものだ。

ベトナムの最上級も紫油も緑油も含めた数種類から泥と呼ばれる低価格の沈香まで、寺営業廻りを主にしていた当時は見本は欠かせないツールでそれぞれ在庫も切らすことはまずなかった。その見本の生き残りだ。

今時の最上級と言われる沈香もかなわない当時は普及品。

今の時代夢のような沈香揃いだ。

浅草のそら 友よ遠方より。。。

何年ぶり?

さっと来てさっと帰った時があったと言われて、そんなことがあったかなぁと考えながらいろいろ話をさせてもらった。

そもそもはメールマガジンの勉強会がきっかけで20年前にオフ会をもうひと方加えてアサヒビールのラウンジで話したのがそもそも。

わざわざ福島から念珠の直しをだしに立ち寄ってくれた。

福島では記者をやったり地元の活性に一役も二役もかって出ている。

ほんとお久しぶりでした。

また来てね。。。

わし、なんだか重力に潰されているかな。。。。

もうすぐ巡礼の季節

巡礼に夏も冬も本来ないのだが、実測として菜の花が咲くというあたりからが巡礼に出かけられる方が目に見えて増える。

納経帳での集印に飽き足らなくなったら、観音軸や遍路軸に移られるようである。

納経帳であろうが朱印軸であろうが変わることはないのだが自分のあしあとをひと目で俯瞰できる朱印軸は別物のような気がする。

写真は西国の観音霊場を表装させていただいた。(右はお四国の軸装)

金襴の仏表装には見違えるように輝きを増す。伝統の技の成せるところだろうか。