浅草のそら

それにしても雨が降らないとは、カラカラになるわけです。火の元気をつけましょうね。
浅草のそら

雲の勢いがいいなぁ
柳橋界隈てくてく
毎朝のラン、北に向かうのに少々飽きて、今朝は南に向かうことにした。浅草橋のあたりにあった浅草御門が江戸時代までは浅草の南域にあたり浅草橋から先がお江戸でござる。つまりここから北側が浅草と呼ばれる地域になる。
柳橋物語で知られる柳橋はここ神田川が隅田川に注ぐ最後の橋である。
花柳界の幕も降りてしまってはいるが、見番跡や柳橋芸者さんたちがお参りしたであろうお宮を見ながら走るのも乙なものである。


榊神社

料亭さんの玄関口に。清楚で気持ちがいい。瑞穂の国らしい。

雰囲気だなぁ。。。 
柳橋のこのカーブが何とも言えない。

柳橋からの隅田川へ。 猪牙舟や屋形舟が行き交う風景が本当は似合うのだろう。

すっかり変貌した。 
国技館からも望める位なのだから、多くの人に足を運んで欲しい。
南行き朝ランの目的はここ東京慰霊堂。
小学生低学年の時に存在を知ってとにかく行きたかった。東京に住んでいの一番で尋ねた場所だけに思いも格別なものがある。とにかくきれいになりました。我が事のように嬉しい。

「震」と彫り込んでいるのを初めて気づく。
震災記念堂として建立された施設だけに、賽銭箱には「震」の文字が浮き彫りになっている。迂闊にも気づかなかった。

初めて見たときの慰霊堂の異様さはどこにも見られない。
浅草のそら
浅草のそら
一里塚
門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし
とんちで有名な一休宗純禅師の狂雲集に収められた中の一句。
めでたいめでたいと門松を建てて正月を祝うのもいいけれど、着実に死にいく道の一里塚でもあるのだよと浮かれて足元を夢や忘れるなと言われているようだ。
正月の三が日京都の町中に髑髏(しゃれこうべ)をくくりつけた竹竿を持ちながら歩き回ったとか。。。
美形だ、醜いと騒ぐでない、皮一枚めくればもとは髑髏。
売上の高い低いに動じるな、一年通せば元の木阿弥。 TON作
物事に動じない不動の心で常に有りたい平成31年でありたいものです。

お直しで久しぶりにお受けした。正絹紐仕立てだったので即終了。
浅草のそら
正月の雷門前です。
今朝も朝の6時には隅田川沿いを走っていたTONです。昨日とは打って変わって白鬚橋を回って帰る頃まで、ほぼ人のいない風景が楽しめました。今戸橋、待乳山聖天さんの角を西に折れて浅草神社、浅草寺に向かいました。7時を少し回っていたけどお参りには制約は受けないで済みました。やはりお参りは早朝に限ります。
朝の光が美しく写真を残しておきたかったけど、あいにく携帯を持たなかったので、残念なことをしました。明日も行くかな。。。

雷門通りは歩行者天国です。
歩道の方がガラガラで急ぐ時は歩道の方が歩きやすいですね。
歩行者天国でのんびり歩けるのも、裏方に徹する人たちがいてくれるおかげと感謝です。
そういえば浅草警察の署長さんは機動隊出身の方が多かったっけ。。。親しみが湧くよ。










