生死の境

読売新聞の記事にこんなのがあった。

http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160915-OYT8T50018.html?from=yhd

朝から重い話と思う人は思うかもしれないけれど、一度は必ず通る道だからそう考えるとつい足を止めてしまう。

自分の母親も今年七回忌なのだが、その母親が生前、病院・・・と言っても終末医療の様な個人病院のお世話の仕事をしていた関係もあって、終末期の患者さんの事や病院内の内輪話もよく耳にしていた。そんな環境で育ったためだろうか同年代の友人たちよりは多く、生死の境界の事を考える時間が多かった気がする。

そもそも母親の語り部的な影響は少なくない。

彼女も少しばかり霊感の強い人だったこともあるのかもしれないが、生前親しくしていた方が亡くなると、訪ねてくれるそうで、報せが入る前に、心の準備はできていたという。母本人が死線を越えるかどうかの病の淵にいた時にも、よく言われる三途の川に行ってきた話を後で聞かされた。不思議ではあったけれど、そういうもんだろうと素直に納得していた。

二足歩行になることで両手が使えるようになって火をおこし、他の動物たちとは違った生物へと進化した。そっれが人間だなんて。なんてつまらない物語だろうと子供の頃から冷ややかに見ていられたのも、深い部分で人は人として世の中に生まれた存在だと信じていたからなのかなぁと今思う。

TONには誰が迎えに来てくれるのだろう・・・・

ネットショップのリニューアル

今、ショップの方を懸命に作り替えている。18年使っているサーバーも乗り換えて、お客様が使いやすいようにするにはどうしたらいいかと思いながらあれこれ算段している。

「念珠堂」という屋号もあちこちで使われてしまうようになり、ついに間違い電話やメールまでしょっちゅう入るようになれば、本家本元が黙っているわけには行かなくなった。という事も遅まきながら動き出した動機であることが正直なところというべきか。

ただ、いじるといっても、いかんせん僕がネットショップを立ち上げた1996年当時とは、まるでネット環境も、人々のスキルも、考え方も異なっているし・・・そりゃぁそうでしょ、パソコン通信に毛が生えたようなネットショップが当たり前の時代からパソコンってなぁに?って言いながらタブレットを子供が弄りまわる時代に変貌しているのだから・・・。家電の普及することを水道理論として説いた松下電器創業者の松下幸之助氏も驚いたであろう程、ネットショップがごくごく当たり前の世の中になってしまっているのだから、今のショップをどう対応すればよいのか、いろいろ考えさせられている。いや、正しく言えば考えて止まっているわけではない。なんせ時間がもったいないということで、走りながら作業しているとい格好だ。

ネットショップに全神経を集中してエネルギーを傾注していた時でさえ、ネットショップになんだか物足りないと思いながら続けていた自分な訳で、それをどう表現したらよいのか・・・

それにしても時間がない。

うまくできればいいんだけどね。

絵心経と般若心経の蒔絵シール

ちょっと大きめなれど、れっきとした蒔絵シールです。

今まででも、龍や不動明王の大きい蒔絵シールはありましたが、240余文字の般若心経をあらわしたシールは始めて。。。というかまず作らないでしょう。しかし、ありました。しかも・・・絵心経の完成版も。

般若心経と絵文字心経の蒔絵シール
青台紙は文字の般若心経。ピンク台紙は絵文字心経。どちらも蒔絵シール

さっそくTONの携帯に貼り付けてみました。言えることはツヤのある黒ならば文字の般若心経。白い携帯ならば絵心経もOK。ということが分かりました。なぜなら、このスペースに240文字を入れるんですもん。文字の大きさを考えてみないとね。映えるようにするにも工夫が必要。

あとは、表面の保護シールをはがすときには、そーーーーーっと、そーーーーーーっと、丁寧に文字が付いていることを確認しながら、シールを180度鋭角にめくってはがしていくことです。慎重さが必要ですにゃ。

蒔絵シールを携帯に貼っています。
蒔絵シールを携帯に貼っています。