
浅草のそら

夢
今月の仏教ライフが届いた。

仏教ライフというのは、仏教情報センターから発行されている月刊誌だ。
仏教情報センターというのは、各宗のお坊さんが交代でテレホン無料相談を受け付けてこられた組織だ。終末医療に関する「いのちを見つめる集い」というのも企画してきている。
TONも体の自由が効いた過去において何度か伺ったことがある。
がん患者の集いだったが体験談を車座になって話し合い衝撃を受けた記憶がある。
90年代中盤からお付き合いさせていただいているので20年以上ということになる。
さて、今月は・・・と開いてみると、

あらま。ぶっちゃけ寺で有名な浄土宗の井上広法師の見開き特集だ。
「ぶっちゃけ寺がかなえたお坊さんの3つの夢」
という主題が面白そうで、つい時間中に読んでしまった。
「お坊さんへの誤解を解く」
坊主丸儲けという偏見。お坊さんもちゃんと税金は払っている。
被災地の支援に行ってもやるせない中傷の言葉にさらされることもある。
「社会参加する仏教」
「お茶の間に仏教」
仏教の教えは遠いものではないということ。生活に密着しているのだということだ。
というのがサブタイトルに別れそれぞれの講話は納得させられた。
TONにはあらにもうひとつ夢がある。
「墨染の衣を着て医療関係の現場に行ける」というものだ。
お寺様に確認されたらよろしかろうと思うが、相当な抵抗があると思う。
仏教に付いたイメージというのは、死と余りにも近すぎる。
仏教は、本来生きるために学ぶものであって死んだらなにもせず、仏になるのではないということ。生き方を仏教の中から見つけて欲しいと思うのだ(もちろん仏教に限っているのえはないけど・・・)
いつかそれも昔話になる時が来るような気がする。
浅草のそら

浅草のそら

浅草のそら

浅草のそら

敵前逃亡
TONは小さい時に父親と死別した。
二つ上の姉が母親が仕事で留守がちなのをカバーして常に母親替わりとなって育てられた。
母親が二人いたようなもので、だからなのか、未だに姉には頭が上がらない。
世の中というのは捨てる神もあるが、拾ってくださる神もあるように見受けられる。
四半世紀前の社会、女手一つで就学前の二人の子供を抱えて生きることがいかに難しい時代だったか・・・しかも父親の残した借金をも抱えて。
母親の友人が見るに見かね船大工だった実家の父親に相談してくれた。
その父親も子供時代には相当な苦労をされて育った方だったからなのかえらく同情してくれた。
我ら家族のために、庭を潰しその腕で自宅を建て増しし、親子三人が住むに最低限の条件を満たす家を建ててくれた。
娘の友人で大変な境遇にいるとは言え、我が家を改造して住まわせる・・・今の自分でも果たしてできるだろうか。。
その老夫婦が大家さんとなり、小学校を卒業する直前までの7年間お世話になった。
母は三面六臂の仕事をこなしながら24時間を消化しているわけで、ほとんど家にいることはなかった。
がぜん母親役は姉となる。けれどそれにも限界がある。小一の子供が5歳の弟を面倒みるのだから。
ここでも大家の手が差し延べらることとなった。
家にはもちろんテレビなどというものはない。8時までの子供の時間は姉弟で観に行くのが常だった。
当然のように夕食も呼ばれる。
明治生まれのおばあちゃんの得意は、うどんこ入りのカレーライスと煮物だった。
今時分になると、おでんがよく出た。
「TONちゃん食べていきな」
と出されるのが、山盛りのおでん。
中でも幅をきかせているのが、ダイコンがで~んと盛られたどんぶり。
こんにゃく、ちくわぶと好きなものを食べてしまうと、その輪切りにしたのが二つ三つ器に残る。
いつもはお腹も膨れて元気よく帰るのだけれどそんなときは、
「ごちそうさまぁ」も言うことができない・・・言えるわけがない。
一目散で我が家に走り帰った。
敵前逃亡である。
後年、当時の話が出ると、
「TONは大根が出るとそれだけ残してソーーーと音もなく帰っちゃたよね」
と、いうもカラカラ笑っていた。
今は一番好きになったんだよ。と仏壇に向かって話してあげたい。

浅草のそら

しばらく空ばかり続きました。
まぁ・・・空見上げてボケ~~~としているのが好きなのでお付き合いくださいまし。。。
浅草のそら


