浅草のそら
切れるわな~~
浅草のそら
電気香炉

最近は様々なものが生産終了を迎えて一頃のように選ぶ楽しみが減ってきた気がする。
香木を楽しもうとするとき、時間があれば炭団に火を入れて、灰に潜らせ銀葉を使用して香木の力を十二分引き出すようにして楽しむのだ。。。。が、
そんな時間が持てないときは電気香炉は実に有益だった。
「だった」という表現は・・・つまり・・・もう・・・ないということなのだ。
以前は、各社ひとつや二つのレパートリーを持っていた。
電気では危ないから触媒の原理を応用したものまでリリースされていた。
そのうち、ひとつ消え、二つ消え・・・・
なくなった。
全然というのではないが唯一残ったのがこの香炉なのだ。
温度調節つまみがついているので、香木の微妙な温度管理がらくちんそのもの。
実にありがたい。
電気香炉のよさは時間が短縮できることもさることながら、雑味がないこと。
香席で焚くのではないから灰も使い回ししているから、灰にわずかな匂いがある。時間があれば灰も焼いてしまうのだが、そんな時間はないし、炭団も、充分火が回っていないと炭のにおいがたつ。
電気香炉の場合はそれがないので助かる。
これははじめて使ってみたけど、なかなか優れものだった。
またいろいろ手持ちの香木を楽しむ事ができそうだ。
浅草のそら
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ここまで・・・・

TON店長のお気に入りのひとつがこの救世観音。
聖徳太子はこの仕事を始めるときに心を寄せていた尊敬するお方。
その聖徳太子を供養するために造られた救世観音を再現したいと思い製作した像。
行信僧都が739年に聖徳太子を供養するため再建された法隆寺の横に東院伽藍(上宮王院)を建てそこに八角仏殿(夢殿)を建立したとある。
一方フェノロサが訪れるまで救世観音は白布でぐるぐる巻きにされていた秘仏でもあった。
それを彼の一言で世に出ることとなった。
露になって気付いたことは、不思議なことに光背の取り付けは通常、胴体部分か、光背に長材を取り付けてぐっと伸ばし台座に取り付けるものだが、救世観音の場合、直接後頭部に差し込んでいる(刺し込むといったほうが適切か)。
どうみても杭を打ち込んでいるように見えてしまう。
官職についていた藤原不比等の4人の男子は当時流行った天然痘で同時期に失うなど太子の祟りに恐れをなし造立したといわれる救世観音に対しての不思議さが伝わってくる考え方ではある。
その部分まで再現していた・・・・

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