浅草のそら:
浅草のそら:
大き目の馨子(リン)をゴンゴンと叩くと、決まって
「むじょうじんじんみみょうほう・・・」
の言葉がついついついて出てくるのです。
仏教者ならば、当たり前のこととして仏前でお経をあげる前の常套句の如くのお経「開経偈」であるわけです。
これから読誦させてもらうお経は百千万劫にも遭うことが難しいものなのだと感謝と感激の導入句。
ただTONの開経偈は開経偈でも人とはチョット違うのである。
自分を特別視しようなどと思うのでは毛頭ないのですが・・・。
じつはそのお経には旋律が乗っている・・・いやいや正しくは旋律にお経が乗って口をついて出てくるのだあります。
だから法要に参加するときには当初ちょっとこまった現象になってしまうのです。
厳粛な顔をしている参列者のなかで、ひとり鼻歌を歌っているのですから・・・。
でもそれはTON的にはお経を読んでいるのであるのです。
でも、周りにはわっからないだろうな・・・
馴れてきてしまえば、だれも気がつきゃしないだろうくらいに一人で歌っているようになったのでありました。
お経を読めば歌になる・・・。そうなったにはそうなった原因があるのでありました。というのも長くお世話になった真言宗智山派智韻寺の住職である新堀智朝尼の創作された讃祷歌の曲の中に原因があったのです。
師は宮沢賢治のことば「これからの宗教は芸術。これからの芸術は宗教」を文字通り実践された方でしたが、諸尊諸菩薩を歌にされた方でした。三帰、開経偈、般若心経、普回向とまさに宝前での勤行どおりの曲もあるのでありました。
歌い込みもし、歌い慣れもし、細胞に擦りこまれている感じなのでありました。
かならず「三帰」の旋律が頭に浮かぶ。
ついで口ずさむ。
開経偈、心経へと細胞がかってに喜んで旋律を奏でているのだから・・・
しかたない。
智朝尼の13回忌がとっくに過ぎているのに、今だに心は勝手にお経を歌うのであります。
浅草のそら:
いつも店にいらしていただいている海外のお坊さん。
「おみやげ」と言ってはバナナを一房ドーンと置いていってくれる。
純真無垢な気持ちが見るからにこぼれていて、初対面のお客様からも笑顔を引き出す天才だ。英語も中国語も日本語も堪能でそれでいてさりげない。
日本の仏教大学に留学して学びつづけるには人に言えない苦労を伴っているだろうに・・・顔にださない。
そんな彼がどことなく元気がなかった。
「どうしたんですか?元気ありませんよ」
と問うと、
故国の親友が最近、自殺をしたのだという。
親友は学歴もなくその社会の中ではいつも蔑まれる事が多かったという。
それを苦にしてのことらしいと言う。亡くなったその当日も彼は親友に電話をかけた。にもかかわらず、電話には出てくれなかった。その日に声も聞くことなしに逝ってしまった。
「僕が学校を終えて帰ったら一緒になにか仕事をやろうねと、いつも励ましながらきたのに・・・」
涙を飲みながら、笑顔を作りながら彼は話してくれた。
自分を責めているな・・・そう思った。
TONちゃんも22才の時に親友をなくした。
高校時代からの友人で、高校時代、二人して北海道に旅行した。社会に出てからもサイクリングの魅力を説き、ツーリング仲間として伊勢に行ったり木曽に行ったりしながら、人生を語った仲間だった。
ある日以前お職場に彼の父親から電話が入り、「Tが自殺した」と聞いた。原因はわからなかった。
でも父親の話は「奴は自転車を担いで金沢に一人で出かけ、死に場所を探したみたいだったけど、旅先では死に切れず、横浜の自宅に帰ってきて首をつったんだ」と涙ながら語ってくれた。
自転車に引きずり込んだその自転車に乗って死に場所を求めたくらいなら、何故!僕を連想しなかったんだ・・・・・
自戒の念で来る日も来る日も散々に打ちのめされた。
そんな僕の若き頃の話しを彼にした。
顔色が変わった。
声にならなかった。
自分を責めることはないんだよ。
それが言いたかったのだが、分かってくれるには時間がかかるよな・・・
自分だってわからないことだらけだもん。
でも生きなきゃ。

この大きさの玉で程度のよいものがなかなかなかったのですが、ようやく見つかりました。
6mm玉使用。