いいわけ

最近携帯電話からの画像のアップが続いている。
やたら凝リ出している。

一番の理由は、手軽だからに他ならない。
 少人数であれもこれもだから、なんとか手を抜く努力に励んでいる。

二番目の理由は、携帯画像でも画素数が増えて、
 見て耐えられる画像になってきたから。(腕の良し悪しは別だけれど)

三番目には、タイムリーなお知らせができるから。
 ネタは新鮮がいい。一晩寝かしたほうが美味しくなる食材もあるけれど、
 お知らせしたい情報は、山とあるから順次上げていかないと埋もれてしまう恐れがあ る。だからその場でアップできるのはありがたい。

四番目としては、面倒くさがりやと言うのが大きい。
 パソコンの前になるべく座りたくないのだ。
  

まあそんな理由から、画像データに手を加えることもなく、
見づらい画像をダイレクトにアップしてしまっている。

とにかく、アップしたい商材は、山とあるのだ。
毎月新商品も続々現れる。
香りの分野も、仏具の分野も、もちろん念珠の分野もだ。

そして、祭りや催事の好きな土地柄しかも観音巡礼の土地柄だけに変化も大きい。
道を歩けば、路傍の石にも歴史がある。
何たって1400年の歴史のある土地だから、郷土史をひも解いたら興味は尽きない。

かと言って、手を借りてまで強化したいと思わないから、始末が悪いのかもしれない。
毎日様々な分野のお誘いがくる。
ホームページ製作援助やらSEOやら、モールの誘いは日常茶飯事。
けれどいっさい断っている。

自分の手の届く範囲でしか仕事をしたいと思わないのだ。
人に説明してぼくの考えているSHOP像を逐一伝える自信はない。
友人からは、もっと人の手を借りても広げるべき助言をもらうことが多い。
どうもそんな頑固さが災いすることも予想できる。
でも、自分が責任持てる範囲は広くないほうがよい。

足も短いが、手も短い。
短いと格好は悪いが、脳神経からの距離が短い分反応はよい。
そう・・・よくないといけないと思っている。

こんなだからしばらくは、
手作り感イッパイのWeb作りはまだまだ続きそうである。
お客様には迷惑な話だと思うが。

だから、携帯電話から画像を直接送ってテストを繰り返している。
あとカートもつければそのままSHOPになるようにできればいいな。
そうすれば脱パソコンできるのに。

寄り道

相変わらず台東区内の移動はママチャリがいい。

御徒町まで久しぶりに足を伸ばした。
秩父巡礼の足作りを正月から欠かさず毎日行ってはいるが
そのかいあってか、下半身だけはしまってきたみたい。
お腹は長期戦の構えだ。

ともあれ、走ると少々肌寒さもあるかと暴漢着も用意はしたが
なんていうことも無い、半袖のシャツで用が足りるほど
暑くてカーデガンも脱いでしまった。

途中ついむきになる癖も手伝ってはいたが
額に汗がにじむような陽気に、桜の季節の到来を文字通り肌で感じた。

自転車趣味を復活させてから、どうも目的地に至るまでに
一箇所足が止まってしまう、より道先ができてしまった。

レーサー車専門の老舗の横尾双輪館という。
古いサイクリストなら知らない者はまずいないだろう、
ハンドメイド専門のショップなのだ。

取引先の店までちょうど中間に位置する。
デローザがいつも店頭を賑し目を釘付けにしてくれる。
レストア中の愛車のために廃盤の工具を求めに
ついついちょいと立ち寄る。

店内は、今時の浮ついた賑々しさはなく、
老舗のハンドメイド店らしい、
落ち着いたムードが漂い、僕にはホッとする。
ネットを開けば造作なく何でも手に入る環境はある時代。
わざわざ足を運ぶこともなく欲しい機材は手に入れようと思えば手に入る。
現にぼく自身がネットショップを運営しているのだから。
毎日大勢の方にご来店いただいているわけだし
大それたことを言うのははばかるのだけれど・・・

こうして、足を運ぶ。運ばないと得られないものがある。
芳しい油の匂い(機械油のどこがと思う人は思うだろうが)。
展示されてる商品の持つエネルギー。
ポップからの訴求力。イメージ。店内の空気の流れ。
総合的な店舗イメージ。何より店主その人。

そこにいつまでも居たくなる空気というものがある。
それは、ネットでは伝わらない。
どうしても伝えられない。

だから、足を運ぶ。
そこから感じ取ってみる。
期待に応えて絶版と思われた工具を
カンパニョロの記念誌とともに見つけることができた。

ちょっと趣味的な話が中心過ぎたのだが、
ネット販売の限界をこんなところで感じてしまうのだ。

ホッとしてもらえるような店作りを実店舗には求めてきた。
満足はしていないのだがある程度は許容できる所までは作りこめたと思っている。

ネットの中でも同じことがしたいのだ。
だから、どうしてもバンバンとバナーを打って
視覚から訴求していく慌しさは苦手なのだ。
「ナントカセール今なら○%引き」なんて・・・
だからしない。

何時間でも滞在してもらえるwebショップっていいなあと思う。
いつかそんなスタイルを確立したいと思う。

タイムカプセル

以前念珠材料を分けていただけないかと来店客に訪ねられた。

仕事はスチュワーデス(最近はフライトアテンダントと言うのだそうだが)なので、
どこに頼んだらよいか全くわからず、以前お線香を買った当店に訪ねてみれば
何とかなるかもと来訪されたということだった。

よく聞くとカルフォルニアにある浄土真宗の日曜学校で
子供たちに教えたいが材料がない。
友人であった彼女にたくされたということだった。

今ならインターネットで簡単に検索できようが、
20年以上前のこと、大変だったろう・・・

僅かながらの材料だったが、心から進呈させていただいた。

海外に渡った日本人には当然のように先祖もついていった。
位牌も連れて行った。そして文化も。
当然現地には寺が建てられた。

聞くと並みの苦労ではなかった・・・

けれど、日本文化は純粋培養された。

海外には大和魂が残っているのかもしれない。
日本の中に住む者が日本を忘れ、
海外に移住した日系人に古い日本を見ることがある。

新渡戸稲造の武士道や鈴木大拙の禅に日本を想う外人も多い。

なんだろうこの現象。

個人的にはよく知らないが外人が演歌を歌う奇抜さなどとはこれっぽちも頭に浮かばない上手さがある。
ハートツーハートは芸術の粋だと思う。純粋に心が伝わる。

値上げの反骨

ことさら謳ってきてはいなかったので、
知る人は知る程度。

実は、わが店は、香や線香仏具の値上げをしていない。

早いメーカーは去年の3月から、値上げし始め
同じく去年の6月、12月とじわじわ値上げに追い込まれた。

原因は、沈香や白檀の天然資源原価の高騰。

そしてごたぶんにもれず、
輸入材料に頼る製品だけに流通コストのアップ。
というダブルパンチで矢つぎばやで値上げ攻勢が昨年から続いている。

値上げのお触れがまわってきても
うちは足並みをそろえなかった。
適正利潤、適正価格は商売の基本と思っています。
値上げは申し訳ないと思いながらもお願いする場合もあります。

が、去年の段階ではどうしても納得できなかった。
市場に天然材料が貴重なものだということ、
そして枯渇の恐れがあるということ、
ワシントン条約にかけてまで原産国の政府が保護に働いていること
などなど現実は予断を許さない状態なのに風評は成熟されていない、

伝える所が伝えていないことに不満を感じたのだ。
小さな店が何を言ってるかなくらいに取られたかもしれないけれど
メーカーが来るたびに、伝えた。

マイソール産の白檀の素材は2~3倍に高騰し、仏像を彫れるほどの材は手に入らない。
沈香は輪をかけてひどい状態ということもお客様から聞かされることが多くなった。
天延材料が危機的状況と一般認識化してきたみたい・・・に感じる。

だから、価格の据え置きを販売促進の材料にはしなかった。
実店舗にも、web店にもどこにも表示はしなかった。
でも、そろそろ難しくなってきつつある。

実はまた、素材が値上げされそうなのである。
ついに販売価格が原価を下回る恐れが出てしまった。

さあどうしよう。
いよいよお尻に火がつき始めちゃった・・・

申し訳ない思いがまだ残るし・・・、
そろそろ価格の見直しの検討をしないといけないかなあ。

もうちょっとは頑張れそう・・・

彼岸の雨

今日も雨。

彼岸の最中に風と雨でこんなに荒れたことは
過去あまり記憶にない。

調べてみた。
過去10年内に2回。

彼岸の雨

お彼岸だと言うのに雨。
ますます行かなくなりそう・・・

お墓参り。

行けないなあ。雨だからじゃない。
宮城県だもん。
やっぱりお墓は近いほうがいいなあ。

言問橋

眠い目をこすりながら、二晩見てしまった。
「東京大空襲」

今年は二局で週こそずれていたけれど、
より核心に近づいた内容だったように感じた。

時代を繋ぐ

子供のころ読んだ漫画の一こまが何故か心に焼き付いて
いまだに時々顔を出す。

たしか、藤子不二夫のおばけのQ太郎だったと思う。

「戦争が終わって20年だね」

と、Q太郎と正ちゃんが会話をする。
たったそれだけなのだ。
その後も前もストーリーは全く思い出せない。

けれど、戦争という言葉に、強烈な印象を持った。
「そうか20年たったんだ」と子供心に深い感慨とも、
なんともいえない思いにとらわれたのである。

僕は戦後は終わったと宣言された年に生まれのれっきとした戦後派だ、
戦争を知るわけではない。
20年と言うことは昭和40年時点ということで僕は10歳。
小学3年か4年の小僧になぜそんな印象を与えたんだろうと時々思い出す。

ただ一つ考えられるのは、僕の世代は、戦争体験を持つ親の
最後の世代と言うことだ。

また、身の周りにはいくらでも環境はあった。
焼けただれたビル。米軍のかまぼこ兵舎。闇市のようなドヤガイ。
傷痍軍人とおぼしき物乞い。
母親にお金入れてくるとせがむと、
初めのうちは快く出してくれてはいても
度重なると偽者だからやめなと言われ不思議に思った。

高校時代まで、朽ち果てた格納庫が海岸線に残っていた。

グラマンの機銃掃射を受けた話、軍需工場が空襲を受けて逃げ回った話、
話の中にも現実社会の中にも空想にも実態にも教育される現場が合った。
手の届く範囲に戦争があったのだ。

朝鮮動乱があり、ベトナム戦争があり、
子供心にも忘れさせてくれない環境があった。
そんな思いが靖国神社に通うきっかけともなるのだが。

どう次の時代に受け継いでいくのか、
「正しく」繋いでいくことが、僕らの責任なのだ。

遅々として進まない

古い愛車をレストアしている。

去年からそれなりに乗れる状態にはなっているのだが、中途半端なのだ。

まずタイヤが違う。
本来レーサーだからチューブラタイヤを履かせるところなのに、
重いWOのタイヤをはいている。
回転部分は軽くなければならないのだ。

チェーンリング(前のギヤのこと)が違う。
この自転車を昔、一時的に人に譲ったときトラック競技用のシングルに
付け直したのだ。すっかり忘れていた。

だからシャフトも短い。

それを忘れていて、アウターのギヤも留めピンも合わせて入手し
ダブルに戻そうとしたら、ギヤがフレームに当たってしまって使えない。

じゃあシャフトを長い物に変えないとと思ったら、
今は絶版になってしまって通常では手に入らない。
ガク。時代の移ろいを実感。

で、オークションの手助けを借りることにした。
が、これが問題なのだ。

実に実に締め切られる時間が、ほぼ夜中ときている。

僕は起きていない時間なのだ。
正しく言えば、
起きていないじゃなくて、起きれないのだ。
今朝になって昨夜狙っていた二件をやりすごしてしまった。
ブヒーン
出物だったのに・・・。

ということで、シャフト待ちでぐずぐずしているのだ。
このままじゃ夏になっちゃうよ・・・

秩父のお開帳は逃げないと言うものの
歩きやすい季節がある。
お開帳で人の多くなる前、2月に廻ろうと思っていたのに・・・
思わぬ布石を喰らっている。

風情

環境アセスメントに関する説明会は去年のうちに終了し

いよいよ最終調整の説明会かな。
新東京タワーも見えてきました。

基礎の試掘の進めているし、
真綿で首を・・・ ではない・・・、
いよいよ槌音が聞こえるようになってくるのかな。

東京は再開発でめぼしい町はどんどん生まれ変わっている。
初めて東京に来たときは、江東、墨田、台東、葛飾・・・
下町情緒でもそれぞれ微妙に違っていた。
風情と呼ばれる得もいえぬもの。
都電もなくなり、再開発されて金太郎飴みたい。
どことなく白々して見えた。

なくなってしまえば、何の不思議もなく
「昔あったねそんな」のくらいに「風情」って失いやすいもの。

押上、京島、業平の町々もどこにもあるような、
きれいな、画一化されたデザイナーズ街路に変貌してしまうのだろうか。
下町の路地。くもの巣を張り巡らしたようなごちゃごちゃ感は、
どんどん整理されていくんだろうなあ。

付加価値のつく土地を大手が見逃すわけはないもの。
下町気質まで無くならなければよいが。