観音様のサプライズ

久しぶりの自転車のランで上半身が痛い。

想像以上に山坂の多かった秩父観音霊場のお土産は、
何と言っても、水の張った田んぼにスッテンコロリンしたことと、
ブレーキの利かないつま先下がり(という単語があるか知らないが)の
縦転しそうな下り坂にブレーキをかけっぱなしで手に力が入らない。

その複合的な産物として、今日になって上半身のみ筋肉痛が残った。

電話を取るにも一苦労。

なのに作業していると一本の電話。

「店長さ~ん?」
聞き覚えのある声。
以前に巡礼記を書いてもらったTさんである。

話は変わるが、
実は1番札所で面白いものを発見したのだった。

本堂内をキョロキョロ見渡すとに納経した写経紙を経机に積んでいた。

ぼくもその上に自分の写経を乗せようとした。
すると、見覚えのあるものが目に飛び込んだ。

同じ延命十句観音経の写経だ。
「ほー珍しい」

どんな人が書いたんだろう・・・興味を持って願主の名前を見た。
「T」と書いてある。

???
なんだあ・・・

ちょうどよい。
電話の主に確認してみた。
「店長、今秩父にいるんですよ~」

と、のたもうた。

聞くと、同じ日に秩父霊場を廻りだしたというのだ。
ぼくの1時間前に札打ちしていることがわかった。
彼も驚きを隠せない様子。

それはそうでしょう・・・

まさかここで鉢合わせしようとは。

最後になって、
観音様にサプライズを与えられた感である。

物より者

巡礼用の足にと、再生中の自転車を時々乗り回している。

この自転車で全国を走り回っていたとはいえ、
30年休眠させていた。ということは・・・
つまり、
ぼくも30年休眠していたのだ。
感覚を取り戻そうと早朝に転がしているのだ。

錆と埃だらけの愛車に、手をかけていなかった年月を思い知らされた。

使えない部品は破棄し、手に入る昔のパーツをしこしこ集めた。

とにかく若い頃なら膨大にあった時間が一体どこに行ってしまったんだろう
と、不思議な感覚に陥りながらも、
時間の合間を搾り出し、わびながらコツコツいじっていた。

往年のレーサーの精悍さにはちょっと及ばないが、
まあまあのところまではレストアは完成できた。

オーダーして30年をゆうに越えた自転車とは、
遠目では見えない。と思う状態になった。
これで足は万全。

あとは天候と、写経と、お店の様子待ち。
三拍子揃ったら
すぐに飛び出せるように旅の準備をしている。

ただ・・・一点

乗り回している間に気が付いたのだが・・・
握力が予想以上に落ちていた・・・

握力が何キロになったのかはわからない。
けれど、
ブレーキに力が入らない。

以前なら二本の指で簡単にブレーキ操作ができたのに、
しかたなくバーの下に手を回して(要するに競輪のような姿勢になって)
ようやくスピードコントロールができる。

あれ・・・
こんなはずじゃあなかったのに。
巡礼をするためには峠を越えなければならないのに、どうするぼく。

もっと初めにレストアすべきものを、
忘れていたようである。

今日の写経

もう時間がないから今日は1枚だけ。

なんて思っていたのだがいつの間にか・・・
出しておいた4枚の写経紙を全て使ってしまった。
止まらなくなってしまう。

これで18枚目。

半分経過。

写経

今日も帰ってホッとしてから写経をする。
ゴタゴタ家のことをしているとあっという間に時間はなくなる。
書斎などあるわけもなく、居間が空かないと書くスペースもない我が家。

そこがまたいい。

昨日までで枚数は10枚
昨日はカウントを間違えて残り20枚と考えていた。
書き貯めが10枚と書くつもりが、どこをどう勘違いしたのか・・・

今日は4枚書いた。
秩父は34ヵ所だから、

今度こそあと20枚。
急いげばあっという間に書ける長さのお経だけど、
それでは意味がない。

だんだん
日々書くのが楽しくなってきた・・・

地図折り・・・

地図を折る。

四隅を折る

四辺の余白を折り返す

左右

そして上下

これでしっかりしました。
あとは蛇腹に折るだけ。

こうして・・・

こうやって・・・

さらにこうする。

でこうすれば・・・

蛇腹完成。

もう一折で完成。


これで完成。

で、ここにルートを書き込むのだ。

やっぱり縁かな・・・

オーダーの錫杖が中仕上がりされて今日手元に届いた。

欅(けやき)の丸太から切り出し、
テーパーをつけ錫杖本体をつけやすいように河口する。
石突用の段差加工をし、
摺漆(すりうるし)をかけた。

摺り漆は専門の塗師(ぬし)しかできないのでしかたないとしても
欅の丸棒を切り出すのは何とか価格を抑えて作ることができた。

完成するまで冷や冷やしながら待ったが
ドキドキしただけの甲斐はあった。
自分でも欲しくなる仕上がりであった。

あとは書き入れる文字の確認をしようと
施主のMさんに電話をしないと・・・
と思っていたら、
本当に突然ご本人が顕れた!ではないか!!

しかも文字見本をお持ちになって。

「縁」を絵に描いたような出来事。

でもね、なんとなくそんな気もした。

こういうことは、僕の身の回りでは日常茶飯事の出来事なのだ。

だからいやでも「思い」は軽々しく扱えない。
思うことは実体のないことではないのだ。
すでに実体が伴うことなのだ。

だから、「思うこと」は、丁寧に扱わねばと思う。

反面教師

Tさんから久々にメールが来た。
「秩父に行くんですね。頑張って。でも無理しないように」
と。

彼は、四国を始めあちこち先に回っているから、大先輩である。
このブログを読み心配して連絡してくれたのだろう。
心から感謝した。

それなりに正月から足を鍛えてきたつもりなのだ。
腰が悪いので体を折り曲げる運動はしたいけれど無理できない。
大丈夫かなと思いながらも自転車で回ることは諦めていない。

30年眠らせていた愛車をコツコツ手直しして、
最近ようやく走れる状態まで復活させた。

初乗りが上さんの故郷でとなった。

三十数年ぶりに、レーサータイツをはいてジャケットを着てグローブをはめて
レーサーシューズは・・・間に合わなかったけど・・・
とにかく久しぶりの感触なのである。

純農村地帯の田んぼの合間をロードレーサーを駆って走った。
始めこそこんな苦しい姿勢だったっけ?と戸惑いもあったのだけれど
暫く走れば、体に染み付いた感覚は、忘れようがない。

おかげで東京に帰ってからも、足も腰もすこぶる調子がいいのだ。

ちょっとそこまで出かけるにも、つい走ってしまう。

ママチャリで出かけようものなら、ギヤが軽すぎて足が回りすぎてしまう。

気づくとベルトの穴がひとつ縮んだ。
ひょいひょいってなもんである。

ただ、
ただ・・・、
記念に撮ってもらった愛車とのツーショット写真は、
とてもとてもこの世のものとは思えない腹の醜さを露呈した格好となって
ナイーブな僕の心を突き刺した。

まあいいや。
「油断するとこうなるぞ」と反面教師としよう。

お手伝い

今までどれだけの巡礼者をお送りしただろう・・・
白装束を身にまとうということは、
死装束を身にまとうということ。

巡礼のスタイルとしてその衣装くらいに思われている方も多いのは事実だ。
「死装束なんて縁起でもない。私は思わないわ」
と思おうが思われまいが、
出生は、れっきとして死出の旅立ちなのである。

だから、送る側からはそんな感傷を込めながら、
「いってらっしゃい」といつも見送る。

長いお付き合いのKさんもこれで何度目の巡礼だろうか。
80歳を超えた今も現役の整体の先生である。
60歳の頃に素行の悪い大男をひょいと投げ飛ばし、
喝采を浴びた。そんな武勇伝を持つ女傑でもある。

人一倍小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのか、不思議でならない。
Kさんの祖父にあたる方は私財をなげうって寺を建立された。
「この子が男だったら坊主にしたのに」と終生おっしゃったと言う。
だから本人は、寺に入る代わりに滅私奉公を地で行なってきた。

そんなKさんを慕う患者さんは、休ませてはくれない。
年中無休のところは、僕と五十歩百歩の忙しさだが、
嬉々として文字通り走り回っている。

その中から時間をやりくりつけて四国も観音霊場も廻る。

正直えらいなあといつも見習う。
彼女ができるなら僕にもできないはずはなかろう・・・と。

だから、Kさんに頼まれると断れない。
ぼくも気を遣うでもなくこんないたずらをさせてもらう。

死出の装束なのだからと言うことで、
生前戒名を白衣の襟裏に書かせてもらう。

下手ながらもせめてものお手伝いだと思っている。

三開仏

白檀三開仏。

不動明王

大日如来

弘法大師

いかがなものだろう。

小さい仏様は得意中の得意なのです。

お~と。
もちろんお寺用でもOKですよ。