記憶の断片

便利な世の中だと思う。

こんな古い番組が、何の苦労もなくちゃんと観れるのだもの・・・
「東京の空の下」

小学生の時代に飽きもせず毎日毎日ずっと観ていた。
東京の地理の勉強。民放がこんな放送を続けられたいい時代だった。

影響され、東京一周大冒険を企画するも
母親の一声で却下となったとのは言うまでもない。

蓮彫り

柘(つげ)を材料に彫ってもらったものだが、
よく見るとよくよく手が込んでいる。

自分なら何個まで同じように彫れるかな・・・

朝の風景

雨上がりの水蒸気が不思議な風景を醸し出してくれた。
朝のごみ出しに店に向かうといつもつかまる風景。
雷門と神谷バーそして雲子ビル(今日の雲子は元気かなってなものである)


今日の雲子はかすんでいた。


朝の光と見えるか・・・
夕と見えるか。


朝もやの中にチンチン電車の姿があると、もっと絵になるのだけれどなあ。


朝の一服をする風景。
禁煙車には何を好き好んでなのだが
喫煙者には、きれいな空気だから旨いのである。

無理解

子供の頃から思い込みしやすい傾向が強かった。

お腹痛くなるかな・・・痛くなる。
そろそろ頭痛くなるかな・・・ガンガンくる。
車に酔うかな・・・間違いなく酔ってしまう。
玉を捕りそこなうかな・・・顔面で受けて鼻血を吹き出す。

のめりこむかな・・・間違いなくのめりこむ。

悪いことばかりではないのだが、どちらにしても心底信じてしまうとそうなっていく。
自己暗示にかかりやすいとでもいうのだろうか。
それがうまくコントロールができなかった。

一時はひどくなる一方でついには、4時間目の授業の鐘を聞いたとたんに気分が悪くなる。
保健室に行く。病気ではないからちょっと横になれば昼休みにはけろっとして教室に帰って何事もないように給食を食べている。
今なら心療内科ものかもしれないが、小学時代は身近にはどこにもなかったから、周りの無理解に一人苦しんだ。

そして相変わらず適当にお茶を濁しておこうというのはどうも苦手で、
行くとこまで行かないと路線を変更しない。
子供の頃は結構これがカウンターパンチだった。

いつの頃からだろう、そんな性格を逆手にとることを覚えた。
あらゆる過去の事例から、事前に自分の行動パターンはこうだから、次にはこうなると描けるようになった。
だから極力マイナスの発想はプラスに切り替える。

酔わない・・・
今日は気分がいい・・・
前向き前向きに思い込むと思い込めるもので、それが自然体になった。

お日様が出てるから今日はいい日になる。
雨だから、雨を楽しもう。今日はいいぞ。
曇りだから、すごしやすいぞ。
要するに天候に左右されない。
目の前の事象がありがたいと信じ込めば幸せになるのだ。
ということなのだ。

今はすこぶるそれが当たり前になった。

ただ・・・
勉強できる・・・は、どうも理想通りには行かなかったようだが。