下町観光便

いよいよ走り出しました。

何処かのスクールバスか、米軍の車かなんて思っていたら・・・
どうも様子が違う。

上野に自転車で出かける間にも二度ほど顔を見る。
定期便のようだが・・・

とすると・・・
あ!
そう、これでした。

東京駅から秋葉原、上野、浅草を経由して両国までの下町観光バス。

以前、上野ー浅草間に二階建てバスが運行されましたが
惜しまれつつ何年か前に廃止されました。

今度は、東京駅からとなると、観光としても、
行きづらい浅草方面にも、簡易な足としてちょうどよいのではないかな。

気づくと雷門通りにバス停が設けられていました。


今は1時間に2本と田舎のバスの如く少ないけれど、

顔もなかなか面白い。

そのうちに増便されるといいですね。

側方もオリジナリティー溢れています。

後姿はさらにキュートです。

この写真を撮るために仕事中だというのに・・・十数分待ち続けたのだから、
道行く人は怪しいと思ったかな・・・

鉄の血が少々沸きました。

式典はこんな様子だったようだ。友人が教えてくれた。
http://www.hattori.in/shitamachi.html

気付きを与える

木鉦という仏具がある。
日蓮宗で使用する木魚のような仏具。

叩くとカンカンと甲高い音を立てる。
力強い日蓮宗の勤行にさらに拍車をかけるハイな音が売りの仏具である。

数日前にお買い上げくださったお得意さんのkさんが、音がおかしいよ。
と、お持ちになられた。

Kさんは、「木目の向きがおかしくない?」という。

よくよく見ると、音のよい木鉦は打つ面に対し木目が平行方向になっている。
なのに音の悪いものは、木目が直角方向になっているのだ。

つまり、木目を打っているようなものである。
木場を叩いても音は出るわけがない。

明らかに木取りの製作ミスだ。

「ごめんなさい。お取替えします。」
担当者と僕がKさんに謝ると、思いの外の答えが返ってきた。

Kさん曰く。
「ぼく自身、当たり前なことを当たり前なこととして押し通しているかもしれない。
きっとそれを教えてくださる反省材料なんでしょう」と、自戒を促すため出あわせてもらったと喜んでおられる。取り替えるなんてとんでもないということなのだ。
新たなものは持っていってもらいはしたが、自戒の木鉦はKさんの宝物となった。

さらに、
「これは叩く木鉦ではなく、見る木鉦なのです」
ともおっしゃった。

気付きを与える仏具・・・

腑に落ちた。

群雄割拠

浅草に来られると、雷門を目指してどなたも足を向ける。

見覚えのある赤い大提灯を見つけるか見つけないかしていると
「どちらにお出かけですか?」
「浅草は広いですよ!」

と、スポーツ界系ののりで、若者が近づいてくる。
ご存知名物のひとつになった人力の車夫である。

最近は、京都、津和野、鎌倉、倉敷、函館・・・
全国津々浦々どこでも見られる光景である。

ここ浅草では始め2人の車夫から始まった。

一人は友人でもある講談人力車と銘打つ岡崎屋惣次郎さんと
全国規模でチェーン店化しているえびすやさんの車夫である。

そのうち浅草神社御用達の浅草時代屋さんが増え、大手をスピンアウトした個人営業の松風さんが名乗りを上げまた一社増え雷門前は、
さながら江戸時代の旅籠の客の引き合いの如く様相を呈してきた。

早春には、雷門通りに日本で始めての、人力車レーンなるものも設置された。
からくり時計前の広場を人力車が占有し歩行者の迷惑になってきたからである。
度を過ぎれば五月蝿くなるのである。

かといって、定着してきた人力文化も捨てがたい魅力でもある。

昨日からこんな人力車チケット売り場なるものが登場した。

明朗会計はよいのだが、一社専用の売り場であったのが惜しいと思った。
同業者に聞くと、寝耳に水のことだと幾分か戸惑い気味。
そりゃあそうでしょうね。
知らない観光客は、ここでチケットを買うものだと勘違いするだろう。
価格も様々な人力が4社もあるなんて気が付かないもの。
俄然一社に軍配が傾きかねない。

鍵盤のような協同組織が運営しなかったのだろう。
キャッチセールスのような客引き合戦にうんざりする声もある。
せっかく人力車レーンまで公共の道路を割いて作ったのだから、
何とかならないのだろうか。
観光客の立場からもよいのに・・・と思う。

願わくは、岡崎屋の彼のように、心底浅草を愛し、
腰かけ同然のアルバイト車夫ではなく、
(彼は10数年前にプロ車夫を宣言していた)
一生の職業として「俺が一番」浅草の裏も表も知り尽くしている車夫に
なってほしいものだ。