十一面観音と

難波敦朗氏画の墨絵。
正しくは十一面千手観音菩薩だが、
開店のとき記念に頂戴した絵だ。

仏画が好きで30年、事あるごとに見てきた。

気が付くと、十一面観音が、
あるときやたらと身の回りに多いことに気づいた。
気づきがめばえると、輪をかけて意識しだすようである。

正面のみから眺めるのではなく
横は当然のこと、真後ろも見たくなる真上からも
真下からも除いてみたくなる。
国宝だ重要文化財だというだけでなく
お寺にあるものですらひっくり返すわけにはいかないのだから、
ないものねだりと言わざるを得ない、
だだっこのようなものであると心得てはいる。

さておき、どうして十一面観音に心が惹かれると
心の奥底で感じていてもほのかな恋心であって、
誰に口にするわけでもなかった。

「あなたは十一面観音様がお守り下さっていらっしゃるわね…」

と、霊感の強い尼さんやお坊さん、霊能者と言う方々から
続けざまに言われたことがある。
口裏を合わそうにも、それぞれ僕を通じてしか全く面識がないのだから
どう疑ってかかってもどうしようもない。
語られた言葉は、事実は事実なのだ。

八方に目を配らないとならないか…
千手まで増えちゃったから、
隅々まで手を尽くさないといけないということか…

などと、思い込むことにした。

10年前の話だ。

このあとネットの仕事に手を出すことになり、
文字通り昼夜関係なく動き回ることになった。

最近、日蓮宗の行者さんに
「この絵は、心がはいっているなあ…すごいよ」
と、久しぶりに感動の声をいただいた。
そして「がんばってね」

どうやら…
まだ暫くは、休ませてはくれないようだ。

縁 

子供の授業参観に来ると、
窓の外がやけに騒がしい。

近くの窓から覗いてみるとJRの線路際。
行き来する電車がその原因だった。

そうかと目を左に移してみると広大な墓の波。

寛永寺霊園越しに寛永寺が遠望できる。

窓を開ければ、霊園と寺。

どこまでお寺に縁があるんだろうか・・・

修理品 

光明真言の念珠。
プラスチック製。

四国番外札所(二十ケ寺)を廻ると手に入る念珠玉と
同じ作り方をしている。
四国の場合は、表に寺名、裏面に番号が入っているので、
難なく組みやすい。

が、こちらは梵字のみ、しかも、
バラバラになっていてさっぱり判らない。
梵字が型押しで作られたあと、
クリアーのプラスチックを流して埋めたものなのだが、
梵字にくせがあるのと、金型のエッジがたっていないためだろう、
不明瞭で、老眼の進みつつある目にはつらい。

フツフツ何やらざわめいてくる。
平常心を取り戻しつつ
これも修行と心を入れ替えて…

にらめっこすること1時間。
オン.ア.ボ.キャ.ベイ・・・

「オン」の字がピカッと光るではないか。
と、思ったら
あとは、するすると謎が解けた。

不思議だこと。

ようやく、なんとか形になった。

共に生きる

「この間、脳梗塞やっちゃってね…」
「足が上がらなくてね…」
「腫瘍が見つかっちゃってさあ…」
「最近、老眼で目がみえないのよ…」
店に、訪ねてくださるお客様との会話。
すこぶる多い健康の話題。

黒々としていた御髪は、すっかり初冬の富士のように白くなり、
つやつやのお顔も、深く年輪が刻まれるようになり、
僕を誰かと違えて話こんでみたり、
20年、30年前には、若々しくいたお客さまも、
時の経過は容赦なく等しく、老いというレタッチを加えている。

仏壇という商材相手ゆえに若いときは、
背伸びをしながらの会話が多かった。

足が痛いというのは、どう痛いのか。
目が見えないとどういう心持ちになるのか。
足を引きずってみたり、目に幕を張ってみたり、
実験したり想像しながら、お年寄りの心痛に同調できるよう努力した。

可愛がってくださった大先輩たちは、
順次世を去り、現役を退く年代になった。

まわりの様相も変化した。
会話していてもどんどん等身大の内容に変化していた。
努力するまでもなく、痛みは痛みとして、
つらさはつらさとして、自分も感じるような年齢になっていた。

「諸行無常の響きあり」と詠われているとおり、
天体からミクロの世界まで、変化しない物は、
何一つないのであって、老いさらばえるのは当然の事なのだ。

変化しないものがあるとしたら、
それこそ妖怪変化の口だろうと思うのではあるが、
僕の感覚の中には、実像が存在しなかった。

心のどこかに無常を受け入れていない部分があったのだろう。
これも執着か…。

人の振り見て…で、
上さんとの会話に「あの芸能人ふけたねえ」なんて言おうものなら、
「大して変わらないよ」おまえも鏡見てみろとばかりに、
たしなめられてしまうわけで、
「時」というレールは同じ向きに敷いてあることに気付かされるのだ。

自然の移ろいを当然と受け入れるように、

青春から朱夏となり、過ぎれば白秋、黒冬に移る。
刻まれる年輪もごく自然のこととして受け入れ、
ともに成長するお客様を鏡として、受け入れていくことが楽しみとなる。

これが商売の妙味かなと少し感じるこの頃だ。

麝香…

「何…これ~~」

店の誰もが始めてこの香りに触れるとき
発する第一声だ。

麝香(じゃこう)ムスクともいう。
麝香鹿の香嚢本体である。
ここからとれる精油が、俗に言う媚薬などとも呼ばれる。

ワシントン条約の網にもかっかっているから
入手困難な状況。

お香の材料って、この先どうなるのかなあ・・・

巡礼軸を預かるとは。

表装依頼で巡礼軸を、よくお持ちいただく。

尋ねて来られるお客様も、せっかく巡礼いて集めてこられた御朱印を
なんとかしたのだけれど、どこに依頼すれば良いのか
皆目見当もつかず、床の間にたて掛けて置くにまかせざるをえなかった…

というのが正直なところのようで、
たまたま、当店の前を通りかかったら、店奥に架けてある観音軸に目が留まり
「もしかしたら…」と期待されて尋ねてこられるのだ。

というパターンが、圧倒的に多い。

実のところ、もともと写経用品も、巡礼用品も、
お客様への便宜から最小限度を展示していたのだ。

それが、
ある時期、テレビや新聞などの取材の連続で、
店側の意とせぬところで、需要が急激に拡大した。
(Boo店長も、ゴールデンタイムの番組に出演したことがあるのです。
受像機壊れなかっただろうか…)

そんなこんなで、図らずも、コーナーと商品点数の拡大をせざるを得なくなった
という裏話なのですが、が、しかし、一度廻りだした車輪は、
スパイラル的に拡大するようでして、
いつのまにか、少しばかり都内では優位な品揃えの店に成長させていただいた。
というのが、本音のところなのです。

こうして巡礼し、集印されたマクリ(表装前の状態のこと)をお預かりするたびに
実は、ブル!っとくる。

(「ブル!」なのに赤字の表記……?
というところが実はミソなのですが…)
ご理解いただけるでしょうか?

度々、神妙な気持ちにさせられる。

「巡拝軸」にしても、「集印帳」にしても、お客様は当店から
お買い求めされて、巡礼に出かけられます。

そして、何ヶ月かされて日焼けされた顔で再びご来店されます。
表装をご依頼される為です。

お預かりする「それ」は、
数ヶ月前の「それ」ではなくなっているということなのです。

すでに魂の入った、まさしく「御霊」そのものなのです。
もちろん、表装が済んでお寺で開眼されてようやくお御霊となるわけですが
預かるその時点でも、実は充分お御霊と感じられる次第なのです。

携わるものならきっと同じ感触を持つことでしょうが
僕は、受け取った瞬間、ズシ!
っと、その重みを感じます。

お買い上げいただいた数ヶ月前とは、
全く異なるものに化けている。

思いや祈りを質量であらわせるなら、
きっと僕には持てないくらいの重さなのでしょう。

だから一気に、巡礼されてきたお客様の心のレベルまで
グイっと持ち上げられるというのか、引き揚げられるのを感じる。

受け渡されるたびに、そんな畏怖心ともいえるものが
水面下でいつも波打っている。

それはまた、楽しみのひとつでもある訳です。

久々にブラックトルマリンブレス念珠

水晶とブラックトルマリンを組み合わせた
アンサンブル。

ブラックトルマリン主玉のほうが12mmで男性用。
水晶主玉のほうが10mm玉で女性用。

12mmとなると、随分過ぎる迫力。

紫檀10mm玉+水晶

女性用としてこさえたもの。

浅草の空

ようやく台風一過の青い空。

けれど、蒸し暑さが戻ってしまった。

やはり青空が似合う風景だ。