形見

時々修理に持ち込まれるのだが、同じお客様からというのではなく、各方面から持ち込まれることを考え合わせると、昔、女性用の念珠として流行ったのかもしれない。

黒い部分は今ならさしずめオニキスということなのだろうが、これは黒曜石をみかん玉に挽いたもので、手作業で磨いた痕跡がありありで、一つとして同じ玉が見当たらない。

それに赤珊瑚の二天、興味のそそる真鍮のボサ玉 etc.etc.

房は一つ。

当時としては結構な値段だったのだろうと思う。

それだけに、お嫁さんや娘への形見として伝えられたのだろう。

ということで、原型のイメージを損なうことなく、玉数の間違いも正して、房も作ることとなった。

最後に房を切り揃えれば終了。

いつまでできるかな・・・

サーマインド。

老山白檀のプレートに浅草の観音様を彫り込んで腕輪に組み込んでの企画はずいぶん以前の創作。
全然古さは感じない。

むしろパワーストーン全盛の(少し下り気味かな)今だからあえて木製がいい。

完全手彫りのプレートだから、皆お姿が異なる。

TONの好きな一点だ。

ただ、彫れる人が難しくなってしまった。

プレートがなくなったらどうしよう・・・か。頭が痛い。

どんどん変化する・・・

花川戸に住んでいた時にはあまり感じなかった。
いやがおうにも弁天山の鐘の音は間近に響くし、浅草寺の境内を通って行くのが一番安全であり、便利なこともあって、繁華街というより寺町のど真ん中にいる気がしていた。

雷門に引っ越してからは、昔からの大店(おおだな)のあった土地柄か雰囲気はまるで違う。

たった、500m圏内の話なのに町の空気は異なっている。

引っ越したばかりの頃は、花川戸の空気を吸いに馴染みの店に、てくてく歩いて行ったものだが、慣れてきてくると少々足が遠のく。

だから無理してでも言い訳を絞り出して、寺を歩くことにしている。
(まぁ早朝は毎朝隅田川沿いを走ってはいるのだが・・・)

そんなわけで、足繁く通っていた頃と違い、ちょっと見ないうちに通りの様子や店の入れ替えが恐ろしく変化していることに気づかされるというわけである。


浅草寺境内は半分以上が外国人。

浅草寺裏のイチョウの木は元気良かった。

ずっと以前、お預かりしていた古仏壇をこの場所で「仏壇供養」させてもらった。
30台の仏壇をお焚き上げしたのだが、思いのほか火力が強く、このイチョウが本堂を守ってくれて火の盾になった。もうできないだろうな・・・


あれ?こんなところに親父さん。

ご先祖様もこうしていたのかしら・・・

三年以上も表でお客様に笑顔を振りまいている我が店の「ドラえもん提灯」です。

夏の暑さにもめげず、多少の雨にも耐えて・・・

でもお客様のいたずらには負けました。

爪で引っ掻かれて・・・・

あやうく四谷怪談のお化け提灯寸前の状態です。

おば九ちょうちんならまだしも、夢を贈るドラえもんですからね。

ということは、TONの手作業ということになるわけでありまして、昨日からしこしこ和紙を切っては糊をつけ穴を一つ一つ埋めて乾かし、埋めては乾かししながら今日に至りました。

TONのご先祖様も落ちぶれ士族、傘張り浪人をやっていたのかなと・・・昔取った杵柄でもちょっとやそっとの昔じゃなかろうに・・・・と。

とにかく完成です。
きれいになったでしょ。