
久しぶりにTさんがみえた。
法螺貝の吹き口の形状を手直ししようかということでの来店。
試しにと、一吹き聞かせてくれた。
ブォー・・・・
狭い室内では凄い音量。
なれど、心地よし。
ただ・・・
外を通る人が音に引き寄せられて入店して来られた。
ありがたいこっちゃ。
「ほらを吹いてくれてありがとう」と、ぼく。
「いえ。法螺をたてると言って下さい」と、Tさん。
爆笑。

久しぶりにTさんがみえた。
法螺貝の吹き口の形状を手直ししようかということでの来店。
試しにと、一吹き聞かせてくれた。
ブォー・・・・
狭い室内では凄い音量。
なれど、心地よし。
ただ・・・
外を通る人が音に引き寄せられて入店して来られた。
ありがたいこっちゃ。
「ほらを吹いてくれてありがとう」と、ぼく。
「いえ。法螺をたてると言って下さい」と、Tさん。
爆笑。
定点撮影とは、
一定の地点から事象の変化を撮影して、変化を捉えたもの。
とでもいうのかな。
今は、スカイツリーの現場に興味を持って撮り続けている。
計画が持ち上がる前から、東武の操車場は、撮影の対象になってはいたがこうも変化しようとは夢にだに思わなかった。
考えると何を好き好んで、こんな事をしているのかよくわからない。
気付くと、子供の頃から好んで同じようなことをしつこくしつこく行っている。
筆頭は、チンチン電車の走る道と廃止されて変貌していく町の有様。
車庫の様子。風情の変化。
失われていく海岸が山の様子。
町の写真。ビルの屋上からも360度撮り続けた。
おまけとしては、
お化粧する前後の変化も撮った。
最後の一つを除いて失われる何かに郷愁を感じたのだろうか。
為政者、計画者と呼ばれる人の愚かさに対しても。
また、刻々と変化する事象の姿に「生きている」ということを感じるのだろうか。
よくわからない。
けれど心ひきつけられて、衝動的にカメラを向けている。
撮った地点もよく覚えている。
しばらくは、タワーの動向と、
失われていくであろう足元の下町の素朴さを撮り続けそうである。
珊瑚の素材は良いのに作り方が滅茶苦茶。
珊瑚の取引は「匁」つまり重さで取引される。
だから糸穴が大きいと重さが軽くなる。
同時に、ネックレスの場合は玉がぶれる。
それを嫌ってか穴がすこぶる小さい。
撚ってある太い糸が念珠用の糸。
比べて現状の糸は木綿の糸を数本通してあるだけ。
切れないわけがない。
あっという間に切れる。

崩してみると、いたるところに接着剤を多用している。
ボサにまで使用しているのには驚いた。
糸が穴の中で張り付き穴を塞いでしまっている。
これはきつい。
出来上がってしまえば同じように見えてしまうから始末が悪い。
餅は餅屋に任せて欲しいな・・・と思うのは今の時代無理なのだろうか・・・
一方はこう。
もう片方はこう。

同じ玉なのに入口と出口の穴の大きさが異なる。
海外製品にはよくあること。
それをカバーする為に糸が細くなる。
簡単に切れる。
しかたない。穴を広げる。
できる事は何でもしないと紐が通せない。
ネックレスは、首に付けっぱなしにしておくと皮脂が溜まる。
皮脂には細菌の拠り所になるだろう。
だから、歯ブラシなどで玉と玉の間をこするだけでも取れるのだから、メンテナンスは大切だと思う。
糸の寿命にも関わることだしね。
お待たせしました。
一番最後になってしまいましたね。
やっぱり念珠をかけていないとさmにならない。
週末ごとに通る業平橋から見える光景が着実に変化してきた。
タワーの基礎部が終わって上に伸びだしたのだ。

高い建物から見ると進捗状況がよく見える。

読売新聞にタワーの進捗を定点撮影していくと聞いた。
タワーそのものの撮影もよいけれど、消え行く町の情緒も記録に残しておいて欲しいな。
ここにしかない風情が次々に消えていくのはさびしいもの。
押上の踏み切り側からもタワーは間近に見える。
撮影地点を探していると、後ろから「こんにちは」と挨拶をされた。
中学生くらいだろうか。先客に対してテリトリーに入りますと礼をしたのだ。
礼儀正しさにこちらも引きずられて、鸚鵡返しに「こんにちは」と挨拶を返していた。
鉄道ファンのようで、一眼の交換レンズを片手に撮影の準備を始めた。

こんな光景、
どこかで見たなあ。