何年かぶり…
いや二十何年かぶりになる。
24時間テレビに関心をもっている。

番組中、ベトちゃん、ドクちゃんのその後を放送していた。

ベトナム戦争時アメリカ軍が使用した
枯葉剤の影響で、今も苦しむ人々がいることを伝えていた。

長引く戦争の厭世観と、奇襲されるベトコンの恐怖から
業を煮やしたのだろう。
様々な化学兵器を繰り出すに及んだ。

戦争のその瞬間は、一時代のものとして、
過去のできごととして置き去りにされていく。

けれど、残された現実は、
間違いなく当事者には置き土産されているのだ。
しかも代々に渡って。

昔。といっても20年ほど前のことだろうか、
たまたまつけていたラジオからニュースが流れていた。

自動車事故だった。

ある母親が運転するワンボックスカーの事故だった。

サンルーフを開けて走っていたという。
幼稚園の送り迎えだったのだろうか。
友人も含め5人の子供が同乗していた。

こともあろうに
後部座席からシートの上に立ち、
首を出して風邪にあたっていたという。

車は、人の背丈ほどの電車のガードを通過した。
車がガード下に潜り込んだ瞬間、車内は地獄と化した。

後は語ることもはばかる光景だった。

ぼくは、当時その母親の立場を思い震撼し涙した。

「生き地獄」

ニュースとして聞く側は、無責任に終えることができる。
が、当事者は、十字架を担いだ。
まだまだそれからの人生があるのだ。

時間は流れた。
時が周りの人々から、
「記憶」を「忘却」と言う言葉に塗り替えてきた。

けれど、当事者の時は止まっているだろう。

どうしただろう…
いつも気になる。

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