運動足袋

秋空には、やっぱり運動会がよく似合う。
思い出深いのは、小学校だ。

中学や高校時代もあったはずなのだけれど、何故か覚えていない。
歳をとると、古い記憶のほうが鮮明になると聞くが、
その傾向か・・・などとは思いたくもない。

小学校の運動会と言うと、運動足袋(うんどうたび)が思い出される。
運動足袋を持ち出すと、たいがいの人からは「何?それ」
と、言われてしまうのが落ちだ。

店の子たちに話そうものなら、
完璧にゼネレーションギャップに悩み、悩ませるだろう。

ほぼ同年代を生きたはずの上さんに話しても、
「熊本にはそんなものなかったわ」と食い違いを見せ、
あーだこーだと事細かに説明しても全くらちがあかず、
「一歳半違うと時代が違うのね」となって話はいつも終了する。

この短命なる「運動足袋」を
世間ではどれくらい知っているのだろう…
ちょっと不安になってくる。

世は、映画ALWAYS三丁目の夕日に触発されるように
大の昭和ブーム。
そんな文化もあったと覚えておいて欲しいわいとも思うのだ。

こうないないと言われ続けると、
もしかしたら自分で思い込んでいるだけで
そんなものは、この世に存在しなかったんだろうかと
記憶に刷り込まれ(つまり洗脳である)そうになってみたりもする。

が、が、が、だって履いたんだもの。
その記憶を消すことは出来ないょ。

ちょうどよい機会。ネットで調べてみた。
あったよ「運動足袋」 いやいやこれではないの。

もう少し緻密に調べましょう。

ありました。
こんどこそ「The 運動足袋」
なんだか、絶滅種の代表のような存在である…

けど、僕の想い出の運動足袋は、
なんともはかない陽炎のように一日の命の
白い運動足袋なのだ。

勝った事のない徒競争のためにと、
貧しい中、母に買ってもらった足袋が一日でボロボロになる切なさ。

それが「僕のALWAYS」なのである。

子供用念珠

星月尺玉を使用して、
子供用念珠を製作。

大人が手を通すと片手がやっとだけど
子供には、子供のための念珠を持たせて欲しいなあ。

つい・・・

できごころで・・・

買っちゃいました。

ALWAYS三丁目の夕日の影響は大きい・・・か。

たばこ屋のねこが欲しい・・・

浅草の今日の空

毎日お空の天気と言うのは、よくまあ変化するものだ…
感心してしまう。

当たり前のことのように思うかもしれないけれど、
刻々変化すること・・・

実はすごいことだと思う。

大人と子供

つい手が出そうになる。

「いやいや、買ってどうするの」
もう一人の僕が制止する。

「見ても楽しいじゃない」
「それからどうするの」

「走らせる」
「それでどうするの」

「・・・」
「ほらみたことか」

で、
大人のふりをして立ち去ってしまう。

お餅つき


いざ福島へ。


空は北を誘うよ。

まだ朝早いというのに、せっせとそれぞれの持ち場を
忙しくこなしている。

ぼくらは、まず腹ごしらえから。

よく動き?
よく食べました。ゆえに・・・

こうなったよ・・・