このほうがいい
ちょっとゴッツく見えるけれど、
こぶしを作って止めるほうが結局長持ちする。
3本のゴムにテンションは平均にかかるし
穴ぐりの悪さもカバーできる。
格好はいいのだけれど
直しで持ち込まれた念珠である。
水晶プレートのついた腕輪だ。
お客様いわく、まだほとんど日にちはたっていないのと言う。
けれど4本の(実質は2本)のゴムのうち1本が切れている。
ということは実質1本で持たせているということ。
この手のプレートは糸穴内に研磨がきかない。
だからやすりのような状態にある。
格好良くゴムを納めたいとするから、ゴムを2本使用してループ掛けする。
ループ掛けということは、他の丸玉穴内には4本目いっぱい入っていて一見強そうに見えるが、結局はテンションを2本で持たせているのだ。
なんなら1本切ってみればわかる。
するするとゴムは抜けて、さっきまで4本入っていた丸玉内にはゴムが2本しか残らない。
ケンシローではないが、
「お前は4本入って丈夫そうに見えるが、実は2本なのだ。アチョー」
なのである。
プレート部分に、いかついゴムのこぶしがないから実にスマートに見えはするのだが・・・
TON店長は
「TONでもないこっちゃ。
お客さんの身になったら長持ちするほうがエーやろ」
と、こういう部分にはデザインより実利を選ぶのだ。
浅草のそら
町の変化
浅草の町は次々に変貌を遂げている感がある。
手を変え品を変えという言葉のほうがよいのだろうか・・・
僕がこの町に根を下ろして四半世紀が経つが、当時は三社祭りに担ぎ手が足りなくてよそからの援助が必要なほど、斜陽という言葉の似合う町となっていた。
昔の栄光ばかりが一人歩きしている町。
それが今はどうであろう・・・
バックパッカーが街を闊歩し
商店街の通りは信じられぬほどに活気が溢れ出した。
久しぶりに日曜日、六区フラワー通り、今の浅草六区通りを歩いた。
通りが整備されて歩行者に優しい。
優しいから人も留まる。
留まるから店も賑わい変化する。
変化するから人を集める。
集まるから、通りも変化する・・・
前向きなスパイラルとなっている。
そんな空気が町のオーラとなって感じる事ができる。
浅草出身の芸人の顔写真が街路灯にかざられている。
こんなに多かったのだ。と思う。
懐かしい。
「浅草ってね、芸には厳しかったけど、売れない芸人に優しい町だったんだよ」
「腹ペコだろこれ食ってきな」があちこちで言ってくれる町だったんだよ。
って萩本欽一・・・欽ちゃんが地元の「お上さん会」の招きで行ったレセプションの席上で語った言葉が忘れられない。
たとえ言葉半分と考えてもそんな空気が昔の下町にはあったんだよね。
今「喜劇役者」という肩書きを誇りとしている役者がどれほどいるのだろう。
笑われる芸人はいるけれど、泣き笑らいさせてくれる芸を持つ者がめっきり減ったのは寂しい。
町はきれいになって、活気に満ちていくけれど、
それにみあう文化の生きる町にならないとね。
ポテンシャルは充分すぎるほどある町なのだから。