朝のかけっこ

早朝のジョギングは、何故かいまだに続いている。

若い頃はとにかく自転車しか頭になかった。
暇さえあればどこかの田舎道、どこかの峠道、どこかの海岸べりを疾走しているか平塚か川崎か、どこかの競輪場を走り回っていた。
見ようによっちゃそれだけ時間をもてあましていたとも考えられるのだが・・・

ところが今は、とてもではないが半日ですら時間を割くのが至難になってしまった。

世には、ツーキニストなる人々が増え、自宅と職場を自転車で往復するのがナウいのだそうだ。
それがスローライフにふさわしいあり方のような風潮も後押しし、この種の人口が急激に増殖してきたとも聞く。

そのツーキニスト生活ですら職住一体のTONちゃんの今の生活ではむりな話し。
だって100歩圏内の我が家の往復では自転車のお世話にもなれない。

そしてまた、TONが現役サイクリストだったときより、自動車のマナーは間違いなく悪くなった。道路行政も含めてのことであるが。30年前の頃ですら自転車で家を出ると帰り着くまで最低3度は死にソ損なうヒヤリとさせられながら走っていたのだから・・・ まあ・・・トラックの後ろにぴったりついて走ったり、追い越されれれば必ず追い越して見せたりとか・・・峠の下りで車を追い越すのが楽しくてしょうがないとか・・・う・う・  
若気の至りということもないとはいえないのだが・・・
それがぜんぜん恐くなかったしね・・・・

まあ・・・家族にはまだ食わしていかなければならない身の上だし・・・
そう簡単に車に引っ掛けられてなるものか。

そこで風になりたい症候群のTONちゃんは、考えた。
「じゃあ、朝、コンピューターに向かっている時間を走ればいいか」

と、ひらめいた。それが走るそもそもの発端。

息子が着古したつんつるてんのジャージを着、丸くなった体型を気にして暗いうちに外に飛び出したのだった。

飛躍的に運動靴の性能が向上したおかげもあってか、椎間板ヘルニア、坐骨神経痛の発生で2週間程度の休止を除いて、ほぼ毎日の生活リズムになった。

正月を過ぎれば丸二年となる。

おかげで10キロ以上の体重減というおまけもいただいたが、何よりは頭の中がこの時間だけは空っぽに出来る。

夢の仲間ですら仕事をしているのだから、実のところ休む暇がない。
その点、体は極限まで動かしているのに、脳波測定をしたらきっとアルファー波を出しているのではないかなと思うほど考えないでいられる。これは本当にありがたい。

自転車でもその傾向はあるのだが、先に書いたように、田舎道をひたすらトコトコ走るならばよいのだが、車と切磋琢磨しなければならない都会の道路では「コン畜生どこ見てやんだい!」っていうのが頭の中を駆け巡るのが関の山で、それも時としては生きる力に励みになるときもあるのだが、今の生活からは、ちょっとお邪魔な思考なのだ。

TONちゃんにとって走る禅なのだと思う。

ということで、まだ暫くはこの生活が、つまり朝のかけっこは、続きそうな予感がするのである。

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