三平と聞いて「釣キチ」と出る人は同世代の漫画小僧。
「林家」と出れば・・・やっぱり同世代以上のお笑い好きと言うことになるのかな。
開演2時間前に明治座のチケットを瓢箪から駒で頂いた。
「これは行かないわけにはいかないじゃん」
と、ばかりに店にお暇を頂いて、上さんを急きょ誘って駆け足で出かけた。
林家いっ平が「三平」の名を継承するということをちょうど昨日のテレビで知ったばかりであまりにもタイムリー。
昔の三平ファンとしましては、いかなる三平が現れるのか興味深々しながらも足を速めた。
都営浅草線の人形町駅から明治座までは、甘酒横丁を通れば目と鼻の先。
と思いながらも明治座目当てに行くのは初めてだったせいか、
やたらと遠かった。
開演10分前に滑り込みセーフ。
汗をぬぐい乾くのが早いか、緞帳が開くが早いかだった。
3列の39、40番。まん前だ。喜ぶのもつかの間。
かぶりつきと思っていたら、右端の端。
こんな端っこ座った事がないと思うほどの端っこ。
招待券とはいえ首は45度常に左に向いて固定。
とまあ、席に悪態をついていたのは初めのうちだけ。
あっという間に三平役の風間杜夫の芸のうまさに魅了されてしまった。
ぼくら三平師匠の影響を受けて育った世代には自然と彼の笑いの呼吸が身についている・・・のだと思う。
「どうもすいません」のものまねで笑わせる小手先の芸ではなかった。
プロローグの段階で話芸の片鱗を花道上で見せてくれた。
特に圧巻だったのは、三幕目の高座の場面。
往年の三平師匠の話芸がそのまま再現される。
多少の落語の場面くらいは見れるかと想像していたが、なんのなんのショートではあったが、客のつかみから落ちまでまるで幽霊が現れたかと思うばかりに感じた。
風間杜夫に霊が憑依して語っている。僕には二重写しに見えてしまった。
三平になりきってネタもそのままで客席を笑いで沸かすのだ。
これにはさすがに驚いた。
何だろう・・・森繁の屋根の上のバイオリン弾きを観たときの感動以来の感動を覚えた。
千秋楽頃に、いま一度観てみたい気がした。
突然世の中から消えてしまった三平の笑いを求めて。
高座の場面だけでも。
きっとさらに磨きがかかっていることだろう。