浅草のそら  堂上げ、堂下げ

この三月一八日は浅草の大切なご縁日になります。

浅草寺に祀られている観音様が約一四〇〇年前に浅草浦(今の隅田川)から示現されたご縁日にあたります。

この日を記念して今は神社と寺と分けられてしまったけれど、土師氏の氏寺の存在だった浅草寺に、御霊を祀っている神社から神輿にお移りいただき本道にひと晩お泊まりになる行事が行われています。

堂上げ堂下げと呼びます。17、18日は町衆によって神社から寺まで執行する大切なご縁日なのですが、一連の騒動で今回は神輿は使わず櫃(ひつ)を浅草寺にお泊りしていただくということになりました。残念な限りです。

本当はこういう光景が拝めたのです。。。

浅草のそら

今日はちょっと視点を変えていつも小さく見える雷門を拡大してみることにしましょう。。。。

よく見るとこんなに見えちゃうんだなぁ~

けど、奥に見えるのは本堂ではありません。本堂の一つ手前にある一切経が収められている宝蔵門です。

だいぶ人が帰ってきてくれました。50%というところでしょうか。。。

ますく

毎朝100mの店までの通り道に大手のドラッグストアーがある。

開店時間前だというのに長蛇の列が日課になって久しい。

浅草は人気店に人が並ぶのは見慣れた光景だからスーパーや飲食店なら平和な光景として受け入れられる。けれどいわば薬局の前に人が列を作るというのは、安穏としていられない見逃せない光景だ。TONは困った時の友頼みで欠かすことは何とかしのげている。

将来この文章を読んだら何のことかさっぱりかもしれんないなと思いつつ主題を書いていないでいる。

子供の時は一つマスクがあれば洗濯しながらボロボロになるまで使っていたが、不織布のマスクが現れて大切に使っていた時代のことなんて記憶のどこへやらである。

そんなに手に入らない貴重品ならもっと大切に扱えばいいのに。素朴な疑問。

そんなに手に入らないなら自分で作っちゃったらいいのに。

ちょうど雑貨のメーカーの社長と話しがてらそんな話題になる。

今、ガーゼ生地の商品が飛ぶように売れているの。と言う。TONのところへは般若心経タオルなどをいただいているメーカーだが、守備範囲が広い。探してみると足元に良い素材がゴロゴロしていた。今度ためしに作ってみようとマスクの型紙も頂いた。

いっちょやってみるか。。。。

絵心経のマスクなんてね。

浅草のそら 脚下照顧

脚下照顧

まだ肌寒さは残っていますが、春らしい気候になってきましたね。
春のお彼岸月というのに店はかつてない状態が続いていますが、武漢コロナなんかにやられてたまるかっ!反発心が湧いているTONであります。

同時に自分の足元を見直す良い機会だと思う事にしました。脚下照顧です。

これが当たり前、当たり前の日々、当たり前の安全、安心、当たり前の・・・なんて、考えるとどこにもないんだよ。

ということを。

3.11の時に、徹頭徹尾そう思わされたはずではないか。タガが緩んでいたかなぁと反省しきりです。

さ、今日も頑張るかな。

浅草のそら 春の空気

川沿いはすっかり春の空気になりました。

佐倉はまだまだですが山桜系統の桜たちはつぼみを大きく膨らまして開花準備です。

雅は一分咲き。けれど赤さが強くてこの時期には嬉しい暖色です。
どうしてこんなにこぼれるばかりに咲けるんだ!と思うほど細い枝から濃ピンクの花びらが最得います。

隅田公園にはなんと44種類もの桜が共演しています。一つ一つの木々の名前が理解できたらまた違って見えるんだろうなと思う次第。

植物はすごい!
数年前から植栽されてきた菜の花も年を追うごとに見事に群生するようになってきました。

浅草のそら 三月十日。。。

毎年のこと。

三月十日。東京大空襲。関東大震災時、東京大空襲時仮埋設に使われた隅田公園。

TONは朝ランしながらのお参りだ。

東京慰霊堂に行きたかったが雨模様。

ならばと北に向かい言問橋際にある東京大空襲の碑に向かう。

供花は新しかったが、コロナの影響だろうか例年には見られないほど殺風景な碑前。

今は公園を行き交う人の群れ、ランナーたちの群れ、戯れるその足元に何千という、つい前夜まで命の火を灯していた人々の骸が仮埋葬されていたのですよ。つい七五年前のこと。たった七五年前のこと。。。