生老病死

身内に不幸があって熊本に出かけることとなった。

ちょうど台風15号の通過と重なって、空の便は欠航、新幹線も折り返し運転だという。
友引があって一日ずれるだろうから、それでも2日しか猶予がない。
ちょうど一ヶ月前にも入院していた身内を見舞いに出かけたばかり。
東京ー熊本約1200Km。
店を長期にわたりあけるわけに行かないし、時速100kmで12時間。+α。
それがボクのいつもの移動パターンとなる。

さすがに疲れた。もう車はこれで最後にしよう。
今度行く時は飛行機。

そう決めていた。

が、人生は考えているようにはうまくかない。

アテニしていたのに飛ばないんだもの。
ブルートレインもないし・・・・

遠くに住んでいると、こういう場合にどうしようもなく困る。
上さんを何とか親族との別離に行かせてやりたいし、

そこで再び車での長距離ドライブと言うことになった。
途中通行止めも覚悟で出発。

厚木を過ぎるとすぐに現象となって顕れた。
事故による通行止め。

予告なしで止まった。3時間。

急に解かれた。またその先で事故。今度は1時間半。

さらに進むと災害による通行止め。復旧見込み無し。

さすがに高速を降りた。

降りたら降りたで迂回ルートがまた身動きできない。

0時に高速に入ったのに沼津で再び高速に入った時には、お昼になった。

まだ90kmそこそこ。まだこの12倍の距離を移動しないといけない。

通夜当日というのに・・・・

亡くなった母親が来なくていいよと言っているのかと思うほど、次から次に難題を吹っかけられる感じだった。

それでもその先は、睡魔との葛藤に勝利して、何事もなく無事0時過ぎに目的地に到着できた。

お釈迦様は生きるというテーマを掘り下げられた。28歳の時に。
そこに苦を見いだし、人の過分なる欲を原因としさらに抜苦の道筋を悟るに至ったわけだ。

人の心の問題として事象に対する捉え方。

生、老、病、死、の四苦
怨憎会苦や怨憎会苦などの四苦を含めた八苦。

考えると、まさしくこれらのことに振り回されているのが自分だなといまさらながら実感してくる。
でもね、生老病死の四苦って、若いときにはあまり実感がわかなかった。

基本的過ぎて。
わかったようで骨身に沁みて・・・というか、自然に心が沸いてという間隔には程遠かったわけです。

むしろ怨憎会苦や愛別離苦や五陰盛苦と言った、心のそこから沸きいずるものの、打ち消しがたいものへの苦悶が背中合わせだった気がする。

年齢も関係してくるもなのかな。
60歳を前にして、身内の病や死をもってしてようやく教えられるとは。

お釈迦様の感受性の鋭さを今更ながら驚愕するTONなのであります。

心の旅

早く寝なきゃいけない早く寝なきゃと思いながらつい観てしまいました。

http://www.nhk.or.jp/kokorotabi/
火野正平の日本縦断心の旅

集中再放送の初日でした。上さんが帰省中ゆえ主夫業(お勝手の片付けと洗濯干し)をしていてホッとしてテレビを見入ったとき偶然に遭遇しました。

好んで観たい役者さん(失礼)ではなかったので(ツーリングスタイルも含めて)通常放送のときはあまり食指が動かなかったのですが、眠い目をこすりながら観ているうちに企画にももちろん役者さんに対しても大幅方向修正とあいなりました。

面白い!

自転車旅のいい加減さ(鷹揚さです鷹揚さ)がよく現れているのです。

昨日のは京都を中心に鴨川沿いに走ったり、輪行(自転車をばらして電車に持ち込むこと)し綾部を走ったり、町の総菜屋でおかずを買って目的地で昼食したりと様々自由奔放に時間を楽しんでいました。
(僕は堤防の上や河原で波音やせせらぎを聞きながらよく昼寝をしました)

3時頃までは意識があったのですが、
さすがに4作目にはダウン。

自転車と言うと最近は競技が中心の風潮でスポーティーなのだけれど、自転車のよさは、そればかりではないのです。

チャレンジ!という肩を張ったど根性ツーリングもあるけれど、行き当たりばったりの風任せツーリングもあります。

適度なスピードと適度な目線と風の音と行く先々の土地の匂い。
いいなあ・・・・

久しぶりに走りたくなりました。

いものこと

プランターのサツマイモ。

すくすくと育っている。

どんな実をみのらすだろう。

念珠とはまったく関係ないけれど・・・・

お念珠は・・・・

お念珠は・・・

切れるのが仕事。

極論だろうか・・・・

中糸が切れたお念珠を直しに店に持ち込まれるお客様はとても多い。
日々仏前で精進されていらっしゃる証しとして玉の擦れ合う位置で切れる。

四六時中腕にあってお守り通していただいている腕輪念珠はさらに汗、雨、紫外線、場合によってはシャワーやお風呂などなど諸条件の中で働き尽くめでいつか中糸はくたくたになる。

中糸の天命は全うされる。

石玉や木玉の心を探ることができたらきっと、
「時々は英気を養いたいなあ」「気を入れなおして欲しいな」と思っているだろうなぁ。

しかし、中には「糸が切れた縁起が悪い」と捨ててしまうお方もいらっしゃるということを聞いたことがある。驚いた。
切れない念珠があるとしたら、いつかあなたの手が切れる。

中には「どこを探しても見つからないの」

と懸命に探してくれる方もいる。

それは・・・きっと今は姿を見せたくないのだと思う。
厄を持ってどこかに行ってくれたんだなとも思う。

念珠を創り始めた頃、念珠を制作する前に先輩に仏前にお祈りして制作に入る人がいた。どことなく清楚だった。よいことと思い自分も真似した。「この念珠を持つ方が幸せになりますように」と。

始めのころは意識しながら気を入れて作っていた。

最近は若干弛んでいる。
でも、意識もしなくても、気づくとそんな心持になりながら作っている。

念珠は、思って作るのではなく、思わされながら作らされるのだ。と思う。
そういう表現が一番的確な気がする。

あ~おどろいた

作業している目の前で何かが光った。

ん?眼を凝らしてみると、
ちっちゃい手足がゴソゴソ動く。

え”。こんなところにゴキブリ?

とんでもないことだ。

そーっと目の前のビニールをどけてみた。

かなぶん。
(最近は昆虫全てがごきぶりに見えちゃう)

こんなところにも自然があった。

でもどこからはいってきたものか・・・

カレンダー

我が家のぼくの部屋(息子と共同の)にかけてあるカレンダーは、3月のままになっている。

53歳の誕生日前に始めた早朝のジョギングは、毎日ずっと続いていたので2年以上毎日そこに、何キログラム、体脂肪何%と書き込まれている。
が、3月の震災以降、めくられることはない。
めくる気持ちが起きなくてまっさらの状態で今に至っている。

だから、こうしてパソコンに座り、壁の方に目を向けると、震災のその日に帰ってしまう。

だから、その日を忘れることはない。
というより出来ない。

自分のできる範囲で、とにかく出来ることは何かをずっと考えながら行動してきた。
一人では難しくても仲間となら出来るかなと思えば、商店会のメンバーと何度も義捐金集めを行ったり復興フェアを行ってみたり、息の長い活動に持ちこたえれるように組織やしくみをつくってみたり・・・・

でもまだまだ足りないな・・・・

カレンダーは僕に語りかけてくる。

う~~ん。年甲斐もない・・・?

年寄りの冷や水なんていわれたくないけど・・・

チャリンコに乗っていて、仕掛けられると許せない。

4、5人のグループが仲間どうしでふざけながら、道路を縦横無尽にあっちフラフラ、こっちフラフラ。

危ないったらありゃぁしない。

信号も守んないし、横断歩道を好き勝手に走るし。

おじさん(僕)が、そこをのこのこ走り出して横断歩道を渡ろうとすると、若者の中の一人がひょいと僕の前にけつ(後輪)を振って入り込んだ。

アッブネーmo-怒ったもんね。

こっちもひょいと奴の自転車の前にけつを振って出てやった。

もう前に出すもんか。

それ!全速力モードじゃ。やあ気持ちいい。ダイナモも全開でライトが明るいこと。

若者も癇に障ったんだろう。
追いかけてきたよ。

アッカンベー。お前に負けるほどこちとらやわくないぜ。

車間距離を一気に離してやった。

へっへーだ。様見ろぃ。

1kmほど走りきって姿が見えなくなった。
なんだか拍子抜けじゃ。

何だい。おじん相手にばかばかしくなったかな・・・・若造。

でも、こういうのを文字通り、年甲斐もなくっていうんだろうな・・・・

あとで上さんに叱られた。

「ばっかじゃないの」口には出さねど目でわかるッテ。
今度は、チャリンコをチューンナップしておこうと密かに思っているんだけどなぁ・・・

今日は四万六千日。

ずっと「アオスジあげは」がうちのウインドウにしがみついていた。

なんだろう。

好いてくれるのは嬉しいけれど・・・

恥ずかしながらTONの右手。

仕事柄、親指と人差し指の爪は短くできないのだ。

若い頃は、つまり70年代のフォークブームの時代は、ごたぶんに漏れずギター(今はそう呼ばないけど)に狂っていたものだから、音を気にしていつも爪を変則的な伸ばし方にしていた。
そのうち付け爪(ピック)にその座を譲り、すっきり切り落としてしまうことになるのだが・・・。

念珠創りをし始めてまた伸ばすことになった。

仕事上、この爪がないと、糸がうまくしごけないのだ。

すっきりしたいけど、うっとうしくても切れない。
おまけに体質的に爪が柔らかいから、油断すると縦に割れる。
糸がぐいと爪の中に食い込んでしまう。
厳寒のときのそれは、ひび割れの指に糸が食い込むより痛い。
まあ泣き言は言うまい・・・・

もう姉と喧嘩して、引っ掻く歳でもないのだし、他にはなんの有用もないのだ。

まあ背中をかくくらいには気持ちいい程度だろうか。

でかいなやっぱり

雷門のまん前。
道ひとつはさんだ向こう側にサイケ(古い?)な巨大建物。
寺の惣門前。

100年残るのか・・・・ これ。