お礼参り

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この日記を書いてからもう5年を越えている。

時の経つのは実に速いものだと改めて驚いている。

5年前の6月頃に引き受けた仕事は、観音菩薩の製作だった。

その観音菩薩のモチーフとなったのが、施主さんの実のお母さんをモデルの仕事だった。

ほぼ同年代の施主さんのお母さんであった。
昭和30年代前半当時の標準的な普段着であり、代表的な姿、割烹着(かっぽうぎ)を着て、おんぶ紐で子供を背負う「日本のお母さん」なのだった。

「このように彫ってください」と依頼され渡された写真を見るなに熱いものが止め処もなくこぼれた。
気づかれてはならじと苦慮した。
昨日のことのように思い出す。

そのお客様の再度のご依頼で、千手観音をご依頼いただいた。

今回も独特の仕様で彫ることはもちろんのことだった。
施主さん、つい最近大きな病気をしたのだという。
しかし、すれすれのところで死線を免れた。

俗に言えばあまりにもついていた。
しかし彼はそう考えなかった。
観音様の手が彼の手をひいてくれたのだろうと考えた。

そのお礼参りとして、お姿を彫刻するということ。

すこしでもそのお手伝いできることがとても嬉しい。

正月も終わり

琴の音も、この飾り付けも、特売も、昨日で終わりです。

以前とくらべたら、とっくに正月気分なんて無くなってしまっいたので、さばさばしたものですが、そう思う自分が少し寂しいですね。

どこへ行っても、つー


このために奈良に行きました。


とんぼ返りで京都泊。


京都は地蔵堂がこんな自然に溶け込んでいて羨ましい。
寺が生きている。


寺町を歩いていると鳩居堂に出会いました。


800年御遠忌で沸く知恩院を横に見て、っと。


松栄堂三年坂店。
さすが、老舗の建前を決して崩しませんね。ここは。

お付き合いのある会社に次々出会う。


清水寺の寺務所。期待していたものには出くわさなかったのだけれど、少々勉強になりました。


修学旅行客でごった返していて、人ごみの嫌いな(それで商売人かい)TONは、避けたい気持ちでいっぱいながら、リサーチがあったからそれもできず気持ちの中で大変でした。


で、最後はここでまた空。

結局、TONは仕事と切れない人間なんだね。
あ~疲れた。

いよいよ動き出した

商店会で里親になっているお守り猫「御縁門」の最終プロジェクトがいよいよ動き出しました。

何故最終かと言うと、浅草神社から旅立って、終の住処になる所探しだったからです。

行き先は宮城県の牡鹿半島沖に浮かぶ田代島、別名「猫島」に決まりました。

今日は、その田代島にゃんこプロジェクトの責任者の方々が、当雷門一之宮商店会に表敬訪問して下さいました。

商店会側のTONと企画部長とプロジェクトの方とでお茶を飲みながらまず歓談。

まだ見ぬ(HPでは見ていただいています)御縁門の今までの経緯をお話しさせていただきました。

「150匹の猫たちは、東京藝大の学生さんたちが精魂込めて命を吹きこんだ猫たちなんです」と、企画部長。

「紆余曲折はあったのですが結局は御縁門が行きたがっているとしか思えないんです」とTON。

ぼくらの言葉に、深くうなづいてくださいました。

プロジェクトの方に今回の津波被害のことを伺いました。

まだ島は手付かずの状態だそうです。

工事業者の手配ができなくて先に進めないのが現状。
しかも島の生命線ともいえる埠頭は、海面下に沈んだままだとか。

だから、「潮の状態が良くないと御縁門を陸揚げできないのです」
とのことでした。

島はたいへんだ・・・・正直そう思いました。

お茶もそこそこに、企画部長とにゃんこプロジェクトの皆さんとで浅草神社に向かってもらいました。

初対面。

「うぉー、すごい」

の、感嘆符だったとか。

島の守り猫になってね。

ようやく

ブレーキ不備の自転車、摘発件数が急増http://www.news24.jp/articles/2011/09/30/07191687.html

以前もブログで、にわかサイクリストの横暴を書いた記憶がある。

なんちゃってピスト(ピスト:競輪場で使う競技用自転車:ブレーキは前後ともついていない)。
ぼくはそう呼んでいる。

道路交通法が変わったのかと、久々に走り出したロートルサイクリストは驚いた。
公道を走る以上、自転車も最低限度の装置が必要なのだ。

例えば、
ブレーキは前後2個のブレーキが装着されていること。
ライトがついていること。
警笛が装着されていること。
リフレクターがついていること。etc.

しばらくぶりに自転車を乗り始めたら、やたらと目に付くのが、ピストのフレームで町乗りの自転車に改造しているサイケな車。

前ブレーキだけ装着していればよいほうで、中には前後外しているのもいる。
もちろん警笛もライトもない。
夜道など後ろからこられたら、フリーのラチェット音のしない固定ギアのピストでは、用心深いTONでもひかれてしまうかも。

昼間かっこよく走っていればまだ可愛いが、信号も守らず、縦横無尽に疾走している姿は、哀れさすら感じる奔放さをもつ。そんなに足に自信があるなら、箱根の山を越えておいでと。

恰好悪いぜ!

やっと摘発され始めたかと言う感じ。

ピストにブレーキをつけないのは、競輪場で協議中、ブレーキによる接触事故を起こさないため後ろのギアを固定しているのだ。
競技場を出れば自宅までの道のりには、仮ブレーキをつけて帰ったものだ。

それでも自分の過失が、競技をしている他のサイクリストに対しての責任を感じ、サイクリスト全般の質を疑われるような事がないように、迷惑をかけない様にと注意していた記憶がある。

ついでに言えば、
自転車を分解して袋につめ電車やバスで距離を稼ぐ「輪行」についても考えてしまう。
輪行という行為も同じ理屈で、いつも気をつけていた。

今は、無料ですいすいと改札口を通過していく。

久しぶりに輪行をしたときに、あれ!と驚いた。
当時(30年前頃)は、自転車は300円の手回り品切符を買って、手回り品扱いで、「特例」としてサイクリング協会員(競輪選手と)のみに輪行は許されていた。

もし乗客とのトラブルや事故があれば輪行という行為そのものが消滅される運命を常に抱えている時代だっただけに、サイクリスト一人一人の行動には常に責任感と自負がついて回っていた記憶がある。

最近のなんでもOK的風潮に、無軌道な人間によるモラル低下はサイクリング人気にも影を落とすのではと危惧を覚えるTONなのだ。

思わぬ贈り物

八月の終わりごろに来店されてブータン布製手作り経本の話をして行かれたラグーナ出版の方から小包便が届いた。

ちょうど1ヶ月。
http://http://http://ton.wp-x.jp/wp-content/uploads/image/ton.wp-x.jp/wp-content/uploads/imageblog/a/11245415.html

新しい商材との出会いということもあったけれど、精神科医に通う患者さんによる患者さんのための出版社と聞いていただけに、興味津々だった。

取引条件のお手紙だけかと思っていたのだが(見本本を1冊くらいはとは期待していたけど)、こんなに送っていただいた。

ありがたく頂戴し、昼休みに目を通してみた。

「綜合失調症」02年までは精神分裂病と呼ばれていた精神疾患である。
精神病の分野は遠い世界に感じていた。

いただいた本を読んでいると、まださわりしか読んでいないが、全国に31万人超の患者数があって行き場のない7万人の患者数が入院していることを知った。
人口の0.7%に及ぶ。

足を踏み入れられない世界と思ってのは無知からくるものだった。
実は心の表裏のようなもので、綱渡り的に正常?通常に見えるだけなのかもしれないとさえ思えてきてしまうのだ。

せっかくの御縁だもの。

もっとよく研究してみようと思わせてくれた。

生老病死

身内に不幸があって熊本に出かけることとなった。

ちょうど台風15号の通過と重なって、空の便は欠航、新幹線も折り返し運転だという。
友引があって一日ずれるだろうから、それでも2日しか猶予がない。
ちょうど一ヶ月前にも入院していた身内を見舞いに出かけたばかり。
東京ー熊本約1200Km。
店を長期にわたりあけるわけに行かないし、時速100kmで12時間。+α。
それがボクのいつもの移動パターンとなる。

さすがに疲れた。もう車はこれで最後にしよう。
今度行く時は飛行機。

そう決めていた。

が、人生は考えているようにはうまくかない。

アテニしていたのに飛ばないんだもの。
ブルートレインもないし・・・・

遠くに住んでいると、こういう場合にどうしようもなく困る。
上さんを何とか親族との別離に行かせてやりたいし、

そこで再び車での長距離ドライブと言うことになった。
途中通行止めも覚悟で出発。

厚木を過ぎるとすぐに現象となって顕れた。
事故による通行止め。

予告なしで止まった。3時間。

急に解かれた。またその先で事故。今度は1時間半。

さらに進むと災害による通行止め。復旧見込み無し。

さすがに高速を降りた。

降りたら降りたで迂回ルートがまた身動きできない。

0時に高速に入ったのに沼津で再び高速に入った時には、お昼になった。

まだ90kmそこそこ。まだこの12倍の距離を移動しないといけない。

通夜当日というのに・・・・

亡くなった母親が来なくていいよと言っているのかと思うほど、次から次に難題を吹っかけられる感じだった。

それでもその先は、睡魔との葛藤に勝利して、何事もなく無事0時過ぎに目的地に到着できた。

お釈迦様は生きるというテーマを掘り下げられた。28歳の時に。
そこに苦を見いだし、人の過分なる欲を原因としさらに抜苦の道筋を悟るに至ったわけだ。

人の心の問題として事象に対する捉え方。

生、老、病、死、の四苦
怨憎会苦や怨憎会苦などの四苦を含めた八苦。

考えると、まさしくこれらのことに振り回されているのが自分だなといまさらながら実感してくる。
でもね、生老病死の四苦って、若いときにはあまり実感がわかなかった。

基本的過ぎて。
わかったようで骨身に沁みて・・・というか、自然に心が沸いてという間隔には程遠かったわけです。

むしろ怨憎会苦や愛別離苦や五陰盛苦と言った、心のそこから沸きいずるものの、打ち消しがたいものへの苦悶が背中合わせだった気がする。

年齢も関係してくるもなのかな。
60歳を前にして、身内の病や死をもってしてようやく教えられるとは。

お釈迦様の感受性の鋭さを今更ながら驚愕するTONなのであります。

心の旅

早く寝なきゃいけない早く寝なきゃと思いながらつい観てしまいました。

http://www.nhk.or.jp/kokorotabi/
火野正平の日本縦断心の旅

集中再放送の初日でした。上さんが帰省中ゆえ主夫業(お勝手の片付けと洗濯干し)をしていてホッとしてテレビを見入ったとき偶然に遭遇しました。

好んで観たい役者さん(失礼)ではなかったので(ツーリングスタイルも含めて)通常放送のときはあまり食指が動かなかったのですが、眠い目をこすりながら観ているうちに企画にももちろん役者さんに対しても大幅方向修正とあいなりました。

面白い!

自転車旅のいい加減さ(鷹揚さです鷹揚さ)がよく現れているのです。

昨日のは京都を中心に鴨川沿いに走ったり、輪行(自転車をばらして電車に持ち込むこと)し綾部を走ったり、町の総菜屋でおかずを買って目的地で昼食したりと様々自由奔放に時間を楽しんでいました。
(僕は堤防の上や河原で波音やせせらぎを聞きながらよく昼寝をしました)

3時頃までは意識があったのですが、
さすがに4作目にはダウン。

自転車と言うと最近は競技が中心の風潮でスポーティーなのだけれど、自転車のよさは、そればかりではないのです。

チャレンジ!という肩を張ったど根性ツーリングもあるけれど、行き当たりばったりの風任せツーリングもあります。

適度なスピードと適度な目線と風の音と行く先々の土地の匂い。
いいなあ・・・・

久しぶりに走りたくなりました。

いものこと

プランターのサツマイモ。

すくすくと育っている。

どんな実をみのらすだろう。

念珠とはまったく関係ないけれど・・・・

お念珠は・・・・

お念珠は・・・

切れるのが仕事。

極論だろうか・・・・

中糸が切れたお念珠を直しに店に持ち込まれるお客様はとても多い。
日々仏前で精進されていらっしゃる証しとして玉の擦れ合う位置で切れる。

四六時中腕にあってお守り通していただいている腕輪念珠はさらに汗、雨、紫外線、場合によってはシャワーやお風呂などなど諸条件の中で働き尽くめでいつか中糸はくたくたになる。

中糸の天命は全うされる。

石玉や木玉の心を探ることができたらきっと、
「時々は英気を養いたいなあ」「気を入れなおして欲しいな」と思っているだろうなぁ。

しかし、中には「糸が切れた縁起が悪い」と捨ててしまうお方もいらっしゃるということを聞いたことがある。驚いた。
切れない念珠があるとしたら、いつかあなたの手が切れる。

中には「どこを探しても見つからないの」

と懸命に探してくれる方もいる。

それは・・・きっと今は姿を見せたくないのだと思う。
厄を持ってどこかに行ってくれたんだなとも思う。

念珠を創り始めた頃、念珠を制作する前に先輩に仏前にお祈りして制作に入る人がいた。どことなく清楚だった。よいことと思い自分も真似した。「この念珠を持つ方が幸せになりますように」と。

始めのころは意識しながら気を入れて作っていた。

最近は若干弛んでいる。
でも、意識もしなくても、気づくとそんな心持になりながら作っている。

念珠は、思って作るのではなく、思わされながら作らされるのだ。と思う。
そういう表現が一番的確な気がする。