浅草のそら

昨晩は、秘密会議をしてあれやこれや将来の理想を話したのであった。。。夢を語れるのは力が出るものです。

あれ?昨日忘れてました?また曇りで嫌になっちゃったかな。。。

浅草のそら

TONは高いところが好き。なので業者さんが付けてくれるイルミネーションを待てなくて、勝手に付けました。脚立を最高に伸ばせば何とか届く。

ただ、、、、

たいして高くもないように見えるけど。。。なんのなんのはしごで登ってみなさいって。

恐っろしいから。

子供のころは度胸試しだと言って、どこの街にもあったお風呂屋さんのあの高い煙突に登って降りられなくなって消防のおじさんに助けられた子供の話はよく聞いたものです。

たった4、5㎡の高さなのに足が震えちゃう。が、眺めは最高。

でも、まぁ、つきましたわ。

浅草のそら

静かな12月の朝です。

浅草にはクリスマスがありません。

だから、参道はもうお正月の飾りになります。

気分はちょっと先取り。

浅草寺境内のお掃除でTONがいつも掃き清めさせてもらうのが満州引き揚げ者のお地蔵さま。紫色のあぶちゃんでした。紫色は病気平癒の色。

やっぱり武漢発コロナからの平癒を祈ってのことかなぁと。。。

天賦とは

おはようございます😃😃😃朝ドラのエールが実質今日で終了。ちょっぴりロスとなる。

主人公の懐古の中で音楽が内側から溢れてきて譜面に写すだけなんだ。

若い学生(まぁ学生は若いか・・・)が、隠遁し音楽から遠ざかっている主人公裕一の家を訪ね、どうして新しい曲を書かないのかと、問い詰める場面があった。裕一の一言「音楽は頭の中であふれ出ている。でも余生は自分の中で楽しみたい」という件に、ふと僕の好きだった新宿のお寺の庵主さんを思い出した。

庵主さんは音楽家ではなかったが旋律が天空から燦々と降り注がれ溢れ出す人だった。

音符も書けない中、小学生用の楽譜に女学校時代の音楽の授業内容をたぐりなががら、つたなくも譜面に落していった。

書き留められなくて何曲も無駄にした。一流の作曲家、声楽家、文化人を驚嘆させる音律を生んだ。洋の東西をも越えて感動させた。

天賦の才能とはそういうものなんだなと傍から見て教えられた。

神仏を越えた超宗教の曲作りだった。ゲーテの詩をのせることもあった。子供向きの曲に特に熱心だった。もう十年早く世に出したかったと本人は事あるごとにTONに漏らした。崩れいく現代人の情操に警笛を鳴らしたかったのだろう。天才とは頭の良い人を指す言葉ではない。天から与えられた、預かった才能ということ。そうしたものはやっぱり世の中に出さないといけないんだと思う。

あなたにとっての天賦の才はなんでしょうかと問われてるみたいだった。さ、今日もがんばろ。

浅草のそら

11月25日
11月24日

はーーー忘れちゃったてたよ。。。。

よくできてるよ。。。ね。

朝一で日蓮宗の念珠のお直しをお持ちいただいた婦人がおられた。

よく見ると下がり(弟子玉部分)は生きているので中糸のみの交換で済む。

30分もかかりませんけどと言うとお参りに行ってきますという。

毎日使われる「念珠」という特殊性を考えると、極力その時に出来る修理はその場でお直ししてすぐにお渡ししたい。

すぐに取り掛かる。

中糸(通し糸)は真っ黒のボロボロ。日蓮宗だからよく擦ることは心得ているけれどそれにもましても・・・強化糸が入っていたがナイロン糸が一本頑張って切れずに済んでいる箇所が四天の位置に多く見られた。よく頑張ったなぁ。。。率直な感想。しかも下がりは無傷。この房(うちでは手鞠房、他では小田巻きとも釈迦梵天とも)になってから壊れることはなくなって手間はかからなくなった。

ただね。ちょっとばかり風情がなくなったかな。。。とも思うTONなのだ。