もうそろそろ・・・考えようよ

能登地震、 時間が経てば経つほど、被害のひどさが伝わってくる。
地震すごさを視覚で見せるときのとき、決まって映すのが、墓石や寺院の山門。
墓石の画は、お決まりになっているのか、連想しやすいのか・・・
それほど、地震にもろいと報道側も見る側も予測(納得)しやすいということだろうか。

地震が起きるたび、「石塔や灯籠の下敷きになって…」
という、圧死の記事が目に入る。
以前に千葉のお寺で住職婦人が、犠牲になられたことがあった。

ちょうど僕の設計で、巨大なカロートをもつ墓所工事をいていた頃のこと
自分のことのように衝撃を受けた記憶がある。
墓と燈篭の違いはあるにせよ、石材を積み重ねていると言うことでは一緒であるのだから。

今回の地震でもお亡くなりになった1名の方は、倒れた石灯籠による圧死である。
心から冥福をお祈り申し上げたい。

でも、この種の事故は、毎回起きる。

毎回だよ。なぜ? 憤りを感じる。
全くと言ってよいくらい、教訓が次に生きていない。

轍を思いっきり踏み続けている。

何トンもある石を、ただ重ねただけの構造だもの。
簡単に倒れる。あたりまえだよ。

地震があれば崩れるのはわかるはず。

そろそろ、地震列島の上に住んでいることを意識してもいいんじゃあないの。

地震のときは、「モニュメントや灯籠には近づくな」です。

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