供養のかたち

ペットを愛でる心。

悉有仏性(しつうぶっしょう)

全て生きとしいけるものに、仏性ありと説いた、釈尊の言葉をかみしめる。

「悉有仏性」は、「涅槃経」の師子吼菩薩品に説く「悉く仏性有り、如来は常住にして変易(へんにゃく)あることなし(悉有仏性 如来常住 無有変易)」にもとづいています。

時は変わる…

位牌も変わる。

「位牌と言うとあの黒くてすす汚れたのでしょ?」
となるのが落ちでしょう。

けれど、時代は変わったのです。

八臂弁財天 

八臂弁財天(はっぴべんざいてん)の小形です。
全高で13cm。とても小さく製作しています。

日本三大弁才天は、八臂です。

ゴムの染め

お直しで仕事をいただくと
これ幸いと、いろいろ調べだす。

ゴムの耐久度
糸の切れ具合
磨耗の仕方
玉の穴繰りと通し糸の関係
などなどである。

今までのをデータベースにしておけば、研究材料になったものを
惜しいことをしたと思う。

これは、糸の後染めの場合果たして色落ちは?
で、実験していたのだ。

シリコンゴムの後染めのものはやはり色が抜ける。
この色はさほど出なかったが、紫は厳しかった。

注意しなければ。

ボー

シャッターを閉め一日が終わると

頭のどこかで、
ヒャラヒャラヒャラヒャラ・・・♪
と今日の終了のラッパが聞こえる。

フーーーと息を吐き、
火を落として、
店内をボーと見渡すと、ホッとする。

少し暗がりで見ていると改めて仏像の魅力を感じたり
ディスプレーの修正に気付いたり・・・

混乱していた脳ミソに少し酸素が戻ってくる感じで、
イメージが勝手に膨らんでくる。

昔は、自動書記ではないけれど、
この時間に、次々にアイデアが飛び出して
手が勝手に動き出した。

次々に書き留めて、ノート何冊にも及ぶ。

気をつけなければならないのは、
そのまま朝を迎えないようにしないと・・・

ここらしさ

メトロ浅草駅の観音通り口のビルには
風情のある仕掛けがあったのだけれど
改築したことでなくなったと残念がっていた。

と、思っていたら…
どうやら復旧するみたい。
これは嬉しい。

浅草にはこんなものがあったり

こんなものもあったり

ここらしいのだ。

人の振り見て・・・

上さんの「最低スペックでいいからPCが仕事上どうしても欲しいの」
の懇願に、久しぶりに秋葉原に一緒にでかけた。

お店を閉めてから夫婦で出かけたのは久しぶり。
行き先は、秋葉原のY。
以前は、S屋に行ったり、C館やSマップに行ったりと忙しかったけれど、この店ができてからは、品数の多さでほぼ固定していた。

1Fにコンピュータ本体、2Fには周辺機器。
早朝の通販番組で見たデジカメも価格調査しに後で行こうと、横目で見ながら、一階のフロアーを物色した。

日曜日の夜ということもあって、相変わらずごった返していた。

ノート型で去年の秋モデルなら安くなっているだろうとの予想は見事に的中。
それにしても安くなったなあ…

応対してくれた店員は、派遣社員のようで、ことさらちんぷんかんぷんのことを説明しようとするが、上さんの表情を見ても同様だった。オーバーフローしている。
何言っているか、「人見て物を言えよなあ」と思いつつも、黙って聞いていた。

この人混みから早く解放されたいのと、最低スペックがあればいいんだし、新機能は全く要らないの。
5分で即決。

はじめオタクっぽい店員に多少辟易しながらも、誠意は感じて、気をよくしていた。
レジに進むとオタク店員が、レジ係に(こちらは正社員らしい)やたらオタクが低姿勢になっているのが観察できる。

どうやら派遣さんと力関係があるんだな。
やたら早くしろと客である僕にも促す。
閉店間際ということもあるのか…

一人で来ていたら、とっくに帰ってるな。

派遣さんとの力関係がそのまま顧客扱いに出ている。
お客様と接して販売したのは派遣であっても、お客はそんなこと関係ないの。

とたんに、醒めてしまった。

店をあとにしながら、
「いい勉強をさせてもらえたね」夫婦で話しながら帰った。
上さんも感じていたんだ…

自分の店はだいじょうぶかなあ
我が足元を見た。

掃除会

朝、日記を書きながら、
今日が1日であることを思い出した。
慌てて家を飛び出し、浅草寺に向かった。

1日朝は掃除の日と決めている。

浅草の商店主の集まりで、浅草寺に奉公しようと始まった会だが、
こんなよい教育の場はないと思い、
ずっと我が子を連れて参加してきた。

子供が小さいうちは、上から下まで四人全員を連れて行った。

本堂で当番のお坊さんたちの声明を子守唄のように
聞いてこっくりこっくりしている子供たちに
失笑したものだった。

そんな読経の時間を正座して聞いているのだから
決して楽ではない時間と想うのだが…

どういうものか、月初めの早朝
「ナムナム行く?」

と、枕元でだめもとと囁いてみると、
普段なら寝起きの悪い連中が、

「行く…」

闇の淵から捻り出すように声を発する。
しかもどんどん自分から着替えてくれたものだ。

けれど保育園→小学校→中学校と成長するにつれ、
一人、また一人と脱落し、
不参加を表明するようになってきてしまった。

そして、ついに今日…

父親一人の掃除会だった。

ちょっと寂しいが…

まあ、心のどこかに何かしら
残っていてくれればと願うのみだ。

想いは通じる

思えば、
「逢いたい」と、こがれる人は…お客さまであるが
足の指を足しても、まるで足りないほどいらっしゃる…

じゃあどうするか。

手紙を出して促す…

以前は、毎日手紙を出し続けた。

じゃあ、住所も電話ものわからない方はどうする…

そんなとき、
ぼくは想うことにしている。

不思議と想い続けると、早ければその日のうちに、
遅い人は…(まだ逢えない方も山といるけれど(^^)
想い続けることが大切だと想っている。

昨日は、そんな思いの中から二人いらしてくださった。
そのうち一人の方は、ネットで知り合った方Yさん。
なんとなく胸騒ぎがしてはいた。そのとおりになってこちらがたまげた。

もうお一方は、10年以上前からのお得意さん。

お子さんが小学校低学年からともにご来店いただいていた。
ご来店ごとに成長し、いつかロケットの仕事がしたいと
マサチュセッツ工科大に進学し、
今は院生になってアメリカから帰ってこれないでいる。

お嬢さんもかわいいお茶目な子だったけど、とうに僕の背丈をこえたという。
そんな家族ぐるみのおつきあいなれど、
お会いできるチャンスも減ってしまった。

どうしてるかな、心の隅にはいつもあるのだが、
おとといの朝に無性に会いたくなった。

そんな矢先だっただけに、つい因果を話してしまった。

「私もそうだったのよ」
「ひかれたわね」
こちらも驚くばかりだ。

人が聞けばばかばかしい、確率の問題で済ましてしまうだろうが、
積み重ねと言うのは、恐ろしいもので
いつのまにか、確固たる自分にとっての
ジンクスになるのである。

さて、
今日はダレを想うおうか…