変化する香り

お線香にしてもお香にしても製作工程は、母材であるたぶの木や炭を粉状にしてそこに香りの元である香料を添加して作る。

天然香には、金より数倍高い!と高価な材料の代表格として知られることとなった伽羅を初め、高騰を続けている沈香、白檀、などの香木素材に漢方の薬種を練りぜて作る。人工香料を練り混ぜて作る安価なものまでさまざまである。

時々前の時と香りが違うとお叱りを受けることがある。
「なんで違うんだ」
というのである。
まさしくごもっともなご意見と丁寧にお受けさせていただく。
ご意見はご意見として心からありがたく思う。

香を扱うものとして、知っていただきたいこともある。
あまり線香メーカーは口にしないのだが、
彼らは、血のにじむような努力を続けている。
何のどりょかかといえば、もちろん香りの努力に違いないのだが、不安定要素に対していかに安定させるかということなのだ。

人工香料を使うものならば、まだしも(それでも母材は「たぶの木」という天然素材で香りは不安定)天然香料の香りは、文字通り天然なのである。

100木あったら100木の個性がある。
一本の香木でも部位によって全く異なるのである。
副素材の丁子だウイキョウだとした漢方薬種においてもその収穫の年々で香りは異なる。

そうしたおてんばな素材をつなぎ合わせて、イメージに合った香りに近づけるのである。
代々伝わる調香表なるものが、各メーカーには残されている。要するに香りの設計図であるが、門外不出のお香屋の命である。
それを元に香りを組み立てる。

しかし先ほどのとおり、素材は刻々変化する。
その不安定な香りを均しながら、安定した香に仕上げていくのである。
そして最期の味付けをするのは人間の感覚なのであるが、このあたりになると神業としか言いようがないと僕は常々感じるところだ。

同時に、しばしお使いいただく側にもいくらでも不安定要素は考えられるのだ。

季節、気温、湿度、空気の流れ、部屋の状態、部屋の匂い、
香の形、燃え方、燃やし方、保管の仕方、保存期間、
本人の体調、心の状態、etc.エトセなのである。

いい例が、
料理が毎度毎度美味しいと感じるだろうか。
お酒がいつもいつも美味しいと感じるだろうか。
食べる側がデスクワークして食べるのか、スポーツや労働のあとで食べるのか、はたまた病み上がりで食べるのか、体調いかんによって、またその時の環境はどうなのか、ムード溢れるロマンチックな中で食するのか、家事や仕事に追われ、文字通りせわしない中で食するのか、それこそ感情いかんによって味は七色変化するのである。

いわんやこれほど感情と直結している鼻という人体の器官が、常に同じセンサー値を出せるはずがないのである。

香の道をたしなむ者やパフューマーなどプロの香り師として常に安定させるために体調管理に怠らないことを知っている。

ちょっと頭の片隅に「香りは変化する」とだけ残しておいて欲しいなあと思うのである。
香りこそ「無常」なのである。

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