電話

電話が鳴った。

一日に何度鳴るかわからない繰り返しの出来事なのに、その電話はいつもと違って聞こえた。

出ると二十年来お付き合いしてくださっている埼玉のTさんだった。

以前駒込に自宅があったときには、上さん連れでコーヒーを飲ませてもらいに伺ったり、夕食に招待されたりと・・・これがまた凝った味で美味しいのだ。

ともに寺周りの企画で宿をともにしたり、観劇にお誘いしたり家族同様の間柄と僕は一人がってに思っている大事な大事なお客様の一人なのだった。

Tさんには姉さんがいた。
Tさんによく似ていて、竹を割ったような気持ちのいい人だった。たしか一回り上だった。自分のお袋と変わらぬ年齢ながら、僕は「お姉さんお姉さん」とお呼びしていた。

としはも行かない弟を抱え、両親に先立たれ、生涯を独り身で通された「お姉さん」には、自然と尊敬の念を込める形で、この呼称となったのだった。

昭和の激動期を越えて弟を独り立ちさせるためにと、文字通りその身を粉にして齢を重ねてこられた。

だから、観音様の大好きなその方が大好きでもあった。

10年も昔になるが、「お姉さんの若い時のお写真を見たいですね」とお茶のみ話の中で漏らしたことがあった。

記憶力のよいお姉さんは、次の観音様の縁日に立ち寄ってくださり、そっとセピア色の写真を見せてくださった。
そこには丸髷に和装の姿の淑女が写っていた。

ずっと手を赤切れさせながら、がんばってこられた姿もダブって想像された。
不覚にも胸が詰まって涙が落ちた。

「店長」
電話のTさんの声は明るかった。

(よかったお姉さんのことじゃないな)
このところお姉さんの体の中止は悪く、大好きな観音様にも足を運べない日々がすこぶる多かったのだ。
電話口の一声で何故かそこに結び付けている自分があった。

でもTさんの言葉の表情と内容とは一致していなかった。
「姉貴いけなかったよ・・・」

(やっぱり・・・)

言葉を失った。
気づかれたくなくて、喉に流したな・・・

不思議なご縁・・・・
いつもながら思う。

鬼籍に入られた事実は事実として頑としてあるのだけれど、なんだかまた逢いそうな気がしているのだから。