やっぱりテグスはテグス

念珠の直しで時々念珠の業界外(他国のものもある)のものを承る。
概ね糸が細い。細いゆえに切れやすい。まあ他国製のように見えるところだけ見栄えよく見えないところには全く手を尽くさないものもあるが・・・
義憤にかられるか気を落とすか平気ではいられなくなる。

木綿糸二本くらいで通してそれで良しとはどんな気持ちでいられるんだ・・・

本来なら玉の穴を開けなおしてくださいとお勧めする。
入手時点よりはるかに高くなる。当たり前の話しだ。念珠としての玉造りは手がかかっているのだから。その分手を抜いて・・・いやいやちょんぼ・・・いやいや作業をショートカットして流通してしまったのだから、一人前の玉になるためには結局同等の、それ以上の労賃がかかってしまうのだ。

真珠の場合は、はからずも念珠になろうとは始めから思っていなかったのだろうから、穴は小さい。これが広いとネックレスとして仕立て辛くなる。

やはり餅は餅屋の玉を使用して欲しいとTONは思う。

で、その宝飾用の玉を使用して念珠にする場合で玉穴を開けなおさないという場合は仕方なくつりに使うテグスを利用して仕立てる。

でもあくまで暫定的なものだということを忘れないでいただけたらと願う。

テグスは決して強くありません。
まだわずかしか時間が経っていないのに、テグスは玉の触る部分で白く濁っています。
この部分から疲労を起こして切れやすくなります。

じゃあワイヤーにとなるのですがワイヤーも案外もろいもので、念珠となって使用される法具としての念珠はいかに厳しい環境下で使われているかということを考えさせられます。

やっぱり念珠は伝統に即した作り方が一番いいのだと思います。

木玉比べ

上から尺三みかん(天竺)、尺三みかん(正梅)、尺二みかん(沈香)、尺二丸(白檀)、尺丸(白檀)、八寸みかん(白檀)です。

素材の違いもあるし・・・・
比較するには解りづらいですね。(^^;

忘却

数日前に念珠堂の属する商店会の集まりに台東区社会福祉協議会から講師をお呼びして勉強会をした。

自分たちが被災者支援の一助を継続的に続けるために会員のベクトルあわせが大切と思ったから。
最期に質問をした。我々にできることは何ですか。と。
応えは至極明瞭だった。

「忘れないことです」

3.11。
ちょうどトイレ脇にある給湯室で昼食中にぐらぐらときた。

食べていた弁当を放って店内に飛び出した。
お客様が数人転げそうになるのを店員が支えていた。

商品棚は片足になるほどに左右に揺さぶられていた。
軽い香炉は数点すっ跳んで絨毯の床に落ちていた。

お客様と店員が安全であればそれでよい。
商品を避難させようとするとそれがかえって物を壊す原因になったりして・・・

とにかく店内の様子を見続けるしかなかった。

脇のエレベーターホールではタイルが落ちる音。外では何かがきしみ壁が剥がれ落ちる音。
揺れが落ち着いてから店の内外を見回ると、あちこちにクラックが走り、倉庫は全てが棚から落下。近所も外壁がいたるところで被害を受けていた。

そんな心不安な状態が治まる前に北の被災の報道であったのだ。
忘られるはずがあろうか・・・

でもね、日本人の特質は自分の中にしっかり持っている。

年が替わるたびに記憶は転換されていくだろう・・・こと。

だから・・・壊れた箇所を修理せずに残しておいた。
毎日目にするところに。

自分を自分でチェックする。

そんなことだけのためなのだけれど、手直しはしなかった。

絶対忘れるものか。

一日も早く被災地と言う言葉を使わなくなる日が来るようにと願う。

たまには房作り

念珠堂なのにあまり念珠の話題に触れないので・・・・変な念珠屋と思われないためにも念珠を創っている所をお見せしますね。

今回は房作りです。


ちょっと見にくいのでこの角度から。

房になる絹糸を束ねて創ります。

もう片方もつけて・・・・と。

適当な長さに切りそろえれば・・・・

はい出来上がり。

頭房や梵天房(手毬房も)が主流の中ですが、こうした作り房の松房も房らしくていいものです。
中国製のものもよく見るようになりましたが、似て非なるものです・・・・

TONのぶっ太い手でお見苦しい絵でした・・・・