行く道は精進にして忍びて終わり悔いなし

朝、SNSでやり取りしていた広島の友人とお身内二人を癌で亡くされた話をしていた。
様々なストレスを抱えることが人間の免疫力を弱めるということ。

コーヒー屋のマスターの友人と立ち話をした。
ショップを開店の時に遠くから手伝いにこられていたご両親のことが気になって尋ねた。
お父さんが大腸癌を克服されたという話が飛び出た。

癌を医者から宣告されたあと、体調を崩し見るも無残な容姿になった。
諦めきれず病院をいくつも替えてみた。どこも芳しくない回答しかいただけなかった。
人は短時間でここまで変わるのかと思うほど衰えた。
4軒目の病院で、「問題ないですよ」と癌を否定された。

信じられない回復力を見せた。
今は全く問題なく元気に暮らしているという。
ストレスが癌を作ると正直思ったと言っていた。

医者という権威の言葉がどう相手に伝わるかを、いかばかりわが身に置き換えてながら、宣告しているのだろうか。。。
医療の技術は日進月歩。急激な進歩を遂げているのに・・・
医療技術の向上に比例して扱うものの精神性が成長しているだろうか。と。

11月10日は高倉健さんがお亡くなりになって速や一周忌となる。

「行く道は精進にして忍びて終わり悔いなし」は高倉健さんの座右の銘であったと聞く。

この言葉は無量寿経の歎仏頌(たんぶつしょう)の一節にある。

歎仏頌は阿弥陀仏が仏になる前、つまり求道者のとき、師となる世自在王仏の前で師を讃え、自分も人々を救いたいという決意を述べたお話、つまりお経である。

光顔巍巍 威神無極 如是焔明 無与等者
日月摩尼 珠光焔耀 皆悉隠蔽 猶若聚墨
如来容顔 超世無倫 正覚大音 響流十方
戒聞精進 三昧智慧 威徳無侶 殊勝希有
深諦善念 諸仏法海 窮深尽奥 究其涯底
無明欲怒 世尊永無 人雄師子 神徳無量
功勲広大 智慧深妙 光明威相 震動大千
願我作仏 斉聖法王 過度生死 靡不解脱
布施調意 戒忍精進 如是三昧 智慧為上
吾誓得仏 普行此願 一切恐懼 為作大安
仮使有仏 百千億万 無量大聖 数如恒沙
供養一切 斯等諸仏 不如求道 堅正不卻
譬如恒沙 諸仏世界 復不可計 無数刹土
光明悉照 遍此諸国 如是精進 威神難量
令我作仏 国土第一 其衆奇妙 道場超絶
国如泥&# 而無等双 我当哀愍 度脱一切
十方来生 心悦清浄 已到我国 快楽安穏
幸仏信明 是我真証 発願於彼 力精所欲
十方世尊 智慧無礙 常令此尊 知我心行
仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔

最後の一行、「仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔」がそれに当たる。

仮に自分の行く道に辛いことがあるとしても、精進である。自分を高めるために必要なことなのだ。

それを我慢し、たとえそれで終わるとしても、自分の向上にとっては確実にためになっているのだから悔いはない、という事。

TONにはまだまだそこまで達観できず、まだあっかんの段階でしかないのだが、せめて目前の全ての事象が、自分にとって精進のための「越えられる難関」感謝する材料なのだと思える気持ちの余裕だけは持ちたいと思うのだ。

いやだいやだは嫌だ。だめだだめだは駄目だ

TONの良いところは、ひと晩寝れば前の日の嫌なことは、頭の中からすっかり消え失せていること。

子供時代はよく嫌がらせをされたみたいだ。
忘れてしまうんだから、マイナスの記憶なんてさらさらない。みんなよかった。楽しかった。

でも今になってよくよく考えてみると、あれはいじわるだよな・・・と思い当たることが見つかる。

物心ついてからこの方いや、正しくは思春期になる頃までだが、ひと晩寝ればリセットできた。が、思春期を迎えると天性のりセッターでは対処できないくらいの重圧が襲いかかるようになってきた。

そんな時はどうするかというと、何も考えないことにする。もしくは前向きに置き換えることにした。
何も考えないことにするためには、何かに夢中になること。特に運動系はよかった。今でも頭がいっぱいになりそうになると掃除をはじめるか、走りに行ってしまう。

も一つの方法が、必然として自分に起きたことなのだと受け止めてしまうことにしている。

嫌だ嫌だと思い続けるのは実に体に悪い。

だめだだめだと思い続けるのはさらにダメだのハードルが待ち構えている。

そんなことに気付いた時から、寝てしまって次の日に残るダメだは受け止めることで、積極的に消化できるようになった。

お預かりした念珠が海外ものの場合、日本の職人の制作したものとは比べ物にならない粗悪さがある。
最終的に念珠のスタイルをとっていればそれで良し。いつかは切れることまで想定する必要がどこにあるのか・・・新しいものを買えばいいでしょ。が、見えてくる。

以前から何度も取り上げさせていただいてはいるが、ここ最近はさらに増えているような気がする。
治す場合は玉の組成を変えない限り難しいものもある。
玉穴を変えるだの、磨きをかけるだのと根本治療が必要な場合もある。

けれど、時間とお金がかかる。
下の状態でいいとなる。ということは、こちらも外国の方法をトレースするということなのだ。

いやだ。

少しでも良くしてお返ししたい。

ない頭をひねくり回す。けど良い方法なんて見つからない。

そんなおもいでいるから玉の順序を間違えたり、余計な力が入ったりミスを繰り返す。

いやだーー。

でもそろそろ転換しないとね・・・・

自分がやらしてもらう意味をありがたく思わなくっちゃね。

十月十日

十月十日。

旧体育の日。

さらに言えば昭和39年(1964年)の今日が東京オリンピック開会式の日。

小学生時代のTONは聖火ランナーの通過をかわいい手に日の丸の旗を持ち、これでもかというほど振って瞼の奥にしまいこんだのでありまして、その後(つまり十月十日)の陸上競技場オリンピック聖火台にその聖火が移される瞬間を心待ちにしたのでありました。

それが今日。

この日を選んだのも過去の統計から一番晴れる確率が高い日ということで、開会式の日に選ばれたと聞き及びます。

アジアでの初めての開催国。
先の戦争で焼け野が原にされた日本がオリンピックを開催する。
わずか19年後にその偉業は果たされ、日本人の心にいかばかりの灯火をともしたことでしょう。

ハッピーマンデーとかいう政策によって単なる休日の一つにしか記憶されていないように感じるのはTONの取り越し苦労でしょうか。。。

このハッピーなんとかによって成人の日や多くの祝日がその意図とする意味を失っているように感じるTONです。これって少し怖い文化破壊と感じています。

誕生日は当日にあってこそ誕生日の喜びもひとしおでありましょう。
結婚記念日は今度の月曜日ねと一週間も伸ばされて喜ぶ奥様はおられるでしょうか。

個人の記念日すら大事な秘め事がその日の背後に歴然とあるわけです。

んならば・・・国民が共通した感動の備忘の日を祝日を増やしたいがためだけにコロコロ変更することが良いことなのか・・・火を見るよりも明らかなのではないでしょうか。

だからこそ、今日という日は今日でなければならないとTONは思うのであります。

そんなに休みが必要ならば、土曜日でも月曜日でも休みにすればよいではないか。祝日は祝日としてその当日を意味を考えながら祝うべきなのではないかと感ずるTONでありました。

くせ

TONには子供の頃からの癖がある。

子供時代は今と違って貨物列車の黄金期。

国鉄の踏切に立っていると延々と続く貨物列車。
これまた、今と違って、延々と続く。

よくは覚えていないが100輌近い貨車の数珠つながり。

そんな時にひとーつ、ふたーつ、みーっつ・・・・・・・と数えた。

初めは世話好きの姉が弟が癇癪を起こさないようにと始めたことだったかもしれない。

けれど、その遊びは僕の中で習慣と化していった。

だからなのか、同じことが幾百もワンパターンに続いても案外楽しく過ごせる忍耐力(本人は楽しいのだから忍耐力とは言わないのかもしれないが)と無意識のうちに心の中でひとーつ、ふたーつ、みーっつ・・・・と数えている。

そう・・・全く無意識のうちに。

「・・・145、146、148・・・ん?なんだっけ、この数」と電柱の数を歩きながら数えているのに気づくこともある。

そんなわけで、こうして念珠の玉を糸に通すにしても苦はないようにできているようだ。

香りはハーモニー

お香の材料を一つ一つ焚いてみるとよくわかります。

甘いだけではかったるくなるし、辛いだけでは辛くなるし。。。

やっぱり素材は五味が組み合わさって、初めて善き香りを醸し出すことを。。。

香りはハーモニーです。

人も一緒ですね。

お題三題

な~に横はいりしているんだよ!

しょうがないねぇ。。。へそ曲げちゃって。。。。

お~~~~ぃ。まってくれ~~~~。

お店では、みんなが帰ったあと、夜な夜な雲水くんたちの行進が行われているのです。。。

ジャンジャン♫

昔取った杵柄

お昼前なのにすいません。。。

ん?もう食べたって・・・・

はいはい。

TONがサラリーマン時代にはもうとっくに食べ終わってましたけどね。

今日はダムカレー。。。byTON

ちなみに土木技術者だった時には残念ながらアーチ型は作ったことはないんですけどね。
重力式の砂防ダムなら作ったよ。

昔取った杵柄で、カレーを食べるときは、いつもダムカレー。

ん?なにかおかしいって・・・

あ!そうね。

これだとダムは決壊するよね。なぜかはお考え下さいまし・・・

塩素の匂い

あまりに排水口が臭うのでTONは掃除中です。

この暑さで地下の浄化槽がアップアップなのかな・・・とにかく人でも沈んでいるんじゃないかと思ううほどの臭さに、不本意ながら塩素系の洗剤を流し込んでみた。

しばらくすると、独特の匂いが立ち込めてくる。

ふと妄想の世界に迷い込む・・・・。

子供の頃、夏になると何度通ったことだろう。
たいして泳げもしないのに水場が好きで、市民プールは芋洗いの状態だった。

最近は若者の海やプールからの疎遠が叫ばれているが、僕らの夏のイメージは小麦色の濃さで遊びの優劣を競ったものだ。
カナヅチではないが、足の届かないプールには極力入らない。

それでも男一番勝負の時もある。

エイと豪快に頭から飛び込む(飛び込みはうまいと家族からは褒めらていた)。
ドボンと勢いよく水に入るが、そもそも足が届かない。

慌てるがもう入っちゃった。前に進むしかないじゃん。
しかしどっちが陸かわからない。

目を開けようとすると、くそーー。
おまけに誰かがバシャバシャ水をかける。

焦る・・・
しこたま水を飲む。

プ~~~~~ン。

塩素の匂いが鼻を突く。

もうだめ。と思うとプールの端に手が届いていた。

ぐるっとブーメランのように引き返していたんだ。

塩素の匂いは、TONの溺れかけた思い出と重なった。

川島由美さんのコンサートへ

上野大仏前でコンサートをやります。

とお誘いの手紙を頂いたのが何週間か前のこと。
上野大仏前。パゴダのお山というより、最近は合格大仏というほうが存在感がメキメキ顕れてきているあの上野大仏のこと。

その広場を使ってのコンサートと聞いたのでした。

仲良くしてくださっている堂守りのSさんからもお誘いをいただき、これは何としても行かずばなるまいと・・・じつはギリギリまで迷っていたわけでありまして・・・
だって今日はお盆の最終日ですからね。

5時からの開演ということなのに4時45分まで店の仕事に張り付いていたわけです。

自転車を駆って飛び出しました。

脇目も振らず、ただただ上野のお山ぁぁぁ。。。。

経年・・・・

年数は失念しましたが、以前に求めていただいた白檀の護り仏。
お直しで持ち込まれました。

直ぐにお直ししてお渡ししますので時間つぶしをしてもらいました。

白檀の玉は黒光りするほどですが、肌に触れる面積の率が大きいのに、そのものの体積が小さいので、乾湿がネック。いくつか玉に割れが見えました。

白檀のプレートは汗を吸ってあと乾燥するその繰り返しに強いみたいで、色の変化はあってもしっかりしていました。

こちらは正絹の頭房。
初めはグレーかしらと勘違いする。
よく見ると・・・あ!そうか! ナイルブルーと判明。

ここまで変化しちゃうんですよね。

その経年変化が心の変化なのですよね・・・・