本物

ばたばたと忙しないなかに埋没している間にお昼を過ぎてしまいました。

ここ数日を利用して、いくつかの観光地を見学してきました。
観光地をいろいろ回ってくるけど、行けばお客の立場です。お客様の目でものが見られます。おみやげを買います。どんな空気を吸わしてくれるのか、感動を与えてくれるのか、胸に残すものを与えてくれるのか。そんな思いで回ってきました。

日々の業務は毎日は迎える立場です。
実践させてもらいます。

浅草は何のかんの言っても恵まれた土地だと思います。

何もしなくても毎日何十万人もの観光のお客様がお見えになります。

それでもね・・・新陳代謝が激しいのも現実です。

人の多さにあぐらをかいている店もまま散見します。
3.11あとの閑古鳥がカーカー鳴いていた状況を思い出さないといけない。とおもう今日この頃のTONです。

当たり前なんて一つもないのだから。

いろいろ観光地を見て回ってきて、とんがった所(特化)に人は集まるなと改めて思いました。本物を味わいたいということかな。

今週もよろしくおねがいしまーす。

さてがんばろーーっと。

未来への責任

昭和三十九年十月十日。
もう50年も前になります。

東京オリンピックが思い出されます。

やはり、今日のようないや、もっとピンカンの晴れでした。

10月10日は一年を通じて統計的に晴れの確立が高い日なのです。

テレビにかじりついて開会式を見ていたという記憶はないのですが・・・

当家にはまだテレビという文明の利器はなかったのであります。

ただ、子供心にワクワクしていたのを思い出します。

高速道路や新幹線が開通したり、数年後には万博が控えていたり、高度成長期と相まっていたしイケイケムードに満ちていました。
マイナスイメージを感じさせるものは子供の目には届きませんでした。

そんな中でのオリンピック開催。

なんだろう・・・子供でも国の先行きに希望が溢れていたのを覚えています。

そんな感触、この時代にどれほどあるだろう・・・今の子供は可愛そうだと思うのはいけないことなのだろうか・・・

やはり大人の責任だよね。

よ~~~く考えてみよぅ

友人と話していた。
小学校のマーチングバンドに自分の孫が参加している。
そこは全国大会に数度優勝している常勝校。

マーチングといえば、体育大学で一糸乱れぬ規律の採れたあの場面を想像するだろう。
そこに楽器を加えての動きを小学生が行う。
あの重い太鼓やホルンや様々な楽器を操りながら近世の採れた動きを見せて監修を魅了させる。
魅了すると書いたが、未弄させるには魅了させうるだけの訓練が必要なのだ。

私立の学校ならユニホームから練習場まで完備された中で練習が行える。しかも全国大会となればだ。しかし公立校となるとふだんの練習できる場所すらままならないという。

今年も全国大会を控えて(勝ち残ってきたということだ)まとまっての練習を行ったという。
すると近所からクレームが入る。なんでもクレームを出すところは決まっているのだという。

学校は百年を優に超える歴史のある小学校だ。
一方そこに長く住んでいるとは言ってもせいぜい戦後の話。

学校の周り、特に小学校といえば元気な子供たちが我が物顔で騒ぐのが当たり前。
校庭を静かな学校なんて聞いたことがない。
それこそ憂いてしまう事態だ。

そこを承知で移ってきたのではないのかな・・・・

そしてうるさいとクレームを出す。ふ~~~ん。

少子化に歯止めがかからないと問題になるが、大人の寛容さの欠如に歯止めがかからないというのとどちらが先か・・・よ~~~く考えてみよう。

雨の日は・・・

今日は雨なので濡れても良いようにこういう靴を履いてきました。

ふふふ・・・・

実は・・・

クリート(自転車ペダルに足を固定する金具)がつけられるサイクリング用なのであります。

秩父霊場周りに一度しか履いていないかったからですね、慣らしがてら履いてきました。

が・・・・滑る!滑る!滑る!

オフロード用にとは言え自転車に乗ってなんぼの靴だったのでした。

クロスカントリー用が欲しくなったTONでした。

まだまだありますなぁ・・・

つい文句たれてしまうのだ・・・

あきらかに海外製たぶん制作も海外だろうと思う。

日本製の真似をして海外で制作するのではなく、日本の技術を海外に移植して手を抜かれて作られた製品というのがまだまだ多いというより増えているのか・・・。
ツボを心得ていて手を抜いてコストダウンを計っているから確信犯的で気持ちが悪く感じてしまう。

そろそろ安かろう・・・・・というのとは縁を切れないものかな。

念珠だけに限らず仏具業界全般にも言えることなのだけれど・・・ね。

お月見の準備

日本人の習慣っていいなぁ・・・・

今年の十五夜は9月8日。
十三夜は10月6日です。
両方お参りして吉兆ですよ・・・ヽ(´▽`)/

ついでに言えば十日夜は11月10日です。

お月見団子。いいでしょ。

キャンドルですが。。。。(^ω^)

キャンドルポットにこういう柄のものがある。
もう廃盤になってしまったので廃棄処分なのだけれどなんとなく捨てられない。

浜っ子の僕の子供時代は、とにかく海が間近にあった。
子供どおしで自転車に二人乗りして行けない距離ではなかったけど、泳いだあと眠くなってしまうので市電で行った。
中村橋を過ぎればもう潮の香りが吹いてくる。
とにかく真っ黒になるまで泳いだ。

泳いでくたくたになると、葦簾張りの掘っ立て小屋によしず張り、よしずに吹き寄せられた砂。カルピスの吹流し看板、氷の旗。照りつける太陽。乾いた喉。

次々に走馬灯となる・・・・

迎え火

お盆です。

東京ではなかなか見る機会が減ってしまった迎え火をお隣さんが玄関先でやっていました。

この煙を見てうちがわかるよね。

ご馳走を用意して待ってるよ。

早く早く帰ってきてね。
きゅうりの馬も用意したからね。

なんて美しい風景でしょう。
心和らぐ風習でしょう。

お・も・て・な・し

こういう日本人の優しさを形に表したお盆の光景は外人のみなさんの目に焼き付けてもらいたいな・・・

と思うTONでございます。

帰りはゆっくりナスの牛だよ。。。

沈香木

白檀(老山白檀ですが)の木が全く手に入らなくなるご時世。
信じられない時代になったものだと思う。

沈香。

こんな山を見れるのもいつまでのことだろうか。。。

やたらと懐かしがる

TON店長にも遊び回っていた時代もある。
遊ぶといっても可愛いものだが・・・

カメラと自転車を担いで山に入る。
富士山に行った以外は山岳サイクリングというより林道趣味の範疇だたけどね、こんな時代もあったんだ。

人ごみはめっぽう避けたい口で観光地と呼ぶところはまず食指が向かなかった。

自分の故郷となった浅草ながらこんな人出のある観光地に出かけるなんてまず考えられなかった。行くなら早朝か深夜ということだろうか。

このときは仲間数人と阿武隈山脈を縫う林道を選んだ。
もう30年も前の話。

渓谷にたなびく100匹も超えるだろう鯉のぼりの勇壮さに唖然としたり、木造三階建ての古びた旅館に驚いたり、初めて市販された700cのタイヤをつけてきてしまったばかりにパンクの連続に泣いたりと思い出深い数日を過ごした。

砂利道ももう無くなっているだろうけど、また走ってみたいなぁ・・・・