闘争

すっかり秋風の吹く一日でした。
日向に出るとこげるように暑いのに、
木陰に入ればすぐに冷ましてくれます。

「風に誘われるままに、どこかに出かけてしまったら?」
右脳は旅に誘う。

そうは行かない現実を慌てて思い出させて左脳は忠告する。

「やることがあるでしょ」

「こんな気持ちのいい日にくすぶってんの?」
右脳はアプローチをやめない。

「現実を見なさい」
左脳も負けじと水をかける。

「いい風だよ」
と右脳。

「店内にもいい風吹いてるよ」
と左脳。

「店長お直しですよう・・・」
店員の声に全てがかき消される。

頭の中で、こんな闘争がしばらく続くのかしらん。

こまったものだ・・・

空ばかり見る機会が増えた。
雷門の前ではそれこそ毎日。

おかげで、目線は地上よりいつも上を向くようになった。
下を見ないから躓くことも多くなった。
目線が上だから、ごちゃごちゃした町並みで仕切られた狭い空間より
開かれた空にいつも気が大きくなってくる。
それにしても都会では空が狭いな。

どうせ毎日見る空なら
こんなことに利用できないものかなと思ってしまう。

http://weathernews.jp/

伝法

待機説法(たいきせっぽう)と言う言葉がある。
お釈迦様は苦行の末に真理を見出す。深遠なる悟りの世界を語りきれないと一度は諦めかけながらも、梵天勧請(ぼんてんかんじょう)によって、法を人々に説くことを決意される。80年の生涯は文字通り法を説き伝える(伝法)ための人生だった。

お釈迦様の説かれた法は、極端な言い方をすれば、ある人にはカラスは黒いと説き、ある人には白いと説くようなものだった。
言葉の表面上をのみ見れば、全く異なる表現で現され単純に比較すれば戸惑う。
字面だけを書き連ねれば矛盾だらけの結果となってしまう。

どうしだろうてか。
それはお釈迦様は、文字(経)を残されたのではないからだ。
残したかったのは、相手の心のありようなのだ。心の救済をされたかったのだ。
千変万化する人の心模様に対し、導き方も千変万化するのである。
つまり、待機説法とは救済される人それぞれの心の状態に応じ、求めるものに応じ、理解度に応じ、説を変化させながら道を説かれたということなのだ。

土に生きるS師に久しぶりにお逢いした。
師を通して縁をもつことのできたMさんの誕生日をしましょうと集まった。
師は在住している地元で不思議な会を設けていた。
(組織論でものごとを進めるくせのあるものには「不思議」と思えるのだが)

月に一度自由に人の集まる場を提供しているのだ。
そこには悩みをもちよって参集されるのだろう。
解決の糸口を求めに人々は集まるのだが、そこに説法はない。
大上段で振り下ろされる鉈(なた)はないのだ。

あるのは参集した仲間たちの自由な同情があるのみだ。
でも生きる智慧はその中からこぼれんばかりに生まれる。
智慧は人がそれぞれ持ち合わせているのだ。

そんな話を聞きながら、説く仏教ではなく、痛みに、悲しみに添う仏教と言うことを
学ばされた。

さて、80を有に越えるM氏の若かりし頃のエピソードとなった。

泳ぎの達者な彼は、昔、二度おぼれている人を助けた。
一度は実の妹を助け、一度は友人を助けた。
80を越えるというのに矍鑠としておられるので若い頃はさもありなんと想像するに難くなかった。
「助けるときはね、その人の背後に潜って回って、抱きつかれない様にしてこうして岸まで押したのさ」身振り手振りで話してくれた。
子供時代、二度溺れ死に損ねた僕としては、それだけでも尊敬に値する話なのだが、聞きながら、真理が隠れていることに気付かされた。

人の悲しみに添う仏教とはそのようなものかと沸々実感させられてきたのだ。

「正しい生き方とはこうだ」とすっぱり切ってもらうのも気持ちよいときももちろんある。
しかし「言わぬが花」も人によっても、また時としても必要なのだ。

だからこそ待機説法なのだ。

「語らず伝える」は、仏教者の・・・いやいや、
仏教に限らずあらゆる信仰の最低のスタンスでなければならないのだろうと感じた。

灯台下暗し

日本で我慢を学び金メダルをとったワンジル、日本人は我慢を忘れ ,

日本でMOTTAINAIを学びノーベル平和賞を受賞したワンガリマータイ女史、
日本人はもったいないを忘れ、

日本型経営のよさが海外で認知され、日本人はアメリカ型経営を追随し、

どうなってんのかな・・・

足元は見えなくなるものなのかな。
精神的にも黒船がドーンと一発、大砲を撃たれないと気づかない民族なのかもしれない。

遺伝

長男が学校の課外授業で今日から冨士の裾野に出かける。
昨夜は「まだ用意していないの!」とばかりに上さんの雷を横耳で聞きながらオリンピックの閉会式を見つつ、そのまま寝込んでしまった。
おかげで夢見の悪いこと・・・

後味の悪いまま目が覚めてしまった。

朝、外に出てみると、まったくもっての曇り空。

天気予報は29日まで雨のマーク連続。
せっかく富士山のお膝元に行こうというのに・・・

「雨男」頭をよぎった。

そうか。やっぱり僕の血か・・・

私の紋

我が家の先祖代々の家紋は、丸に横木瓜でごくごく平凡な家紋なのだが、
こんなサイトを発見した。

名前と生年月日を入力すると、オリジナルの家紋を作成してくれる。

http://www.ayataka.jp/#fun-kamon

ちなみにぼくは、こんな感じでした。


いのししね。
ヤッパリといった感じ。。。

ちなみにこうも表現されていた。

非常に高い集中力と瞬発力を兼備しているイノシシ紋あなた。自分の興味のあることに関しては脇目も触れず、まさに猪突猛進。その勢いはもはや誰にも止められません。さらに確実に結果を出せる実力もあります。しかし、時には立ち止まり周囲に気を配ってください。意外な発見があるかもしれません

なるほど。立ち止まることも大事とな・・・

さらに、相手がいれば二人の家紋も創れます。
上さんとの家紋はこうなりました。

なんとなく言わなくても伝わってきます。

TON店長から見た奥さんさんとの相性は・・・

<結婚前>
50%。まさにフィフティー・フィフティー。お互いの努力次第では100%にも、0%にもなってしまう可能性もあります。しかし安心してください。お互いが真っ直ぐ向き合っていれば、きっと関係はどんどん深まっていくはず。あなた方の未来は、互いの努力にかかっています。頑張ってください。

フムフム・・・

<結婚後>
55%。感動や喜びを共感できる貴重な相手と言えます。もっと二人の時間を増やせば、さらに良い関係が築けるはずです!

はいはい。分かってますよ・・・

五輪マーク私考

五輪マークは1920年にクーベルタン男爵が考案し制定されたそうである。
五大陸、五つの自然現象、スポーツの5大鉄則、世界の国旗の基本色などを現しているそうだ。

見慣れてきた五輪のマークだが・・・
文句があるわけではないのだが・・・
考えてみると、重なり合いが少ない気がする。

しかも、左右の輪はつながらないの?と考えた。
だからいつまでも、世界が一つにならないんじゃないの???
なんてね。

そこで

ただ、ここで困るのはどこが中心の輪なんだ!
と、論争になっては困るから、

次の案

「なんだか生きているみたいだ」なんて声が聞こえてきそうだから・・・

こうなった。

これを五色にしてみたらどうだろう・・・

整体効果

実は2日前から腰が痛い。

10年前にぎっくり腰をやってしまいガラスの腰になってしまった。
細心の注意を払っていたつもりなのだが、
ピリピリとつったような感覚があったので、さらに気をつけていたのだけれど、
案の定、夕方からは背中をまっすぐできない。痛い。

敷石のサンプルを持ち運んだりちょっとウェイトリフティングまがいのことをしたからだろうか。

こまるのは、ちょこまかと動き回る人だから
しばらくおとなしくしていなければならなくなることが少々辛い。

昨日も相変わらず仕事の都合上、自転車(ママチャリ)で走り回っていた。

夕方気付くと、腰が軽い。
朝起きても、調子がよい。
今日一日、どうだろう・・・

今日は厚木まで行かないといけない。
自転車で?まさか・・・

アイガー北壁カレー

テレビを見ていたらダムファンと言う人種がいることを知った。
造っていた側からすると、何がいいんだとまではしらけていないが、いろんな趣味があるものだと驚くばかり。

で、そのダムファンの食堂主が作ったファンならではのメニュー。

じゃあ僕も作らなくちゃ。
て言うことでこうなりました。

アーチ式ダムカレー。

カレーが濃くて放流はできなかった。

他にも重力式、ロックフィル作り出すとなかなか面白い。

じゃあぼくのオリジナルはこれだ。

スカイツリーカレー・・・

え!アイガー北壁だって?
なるほど・・・