優柔不断

読みたい本にたどり着かない。

近代戦記ものを何冊も読み続けていると、
無性に維新の時代が読みたくなる。
篤姫の時代を読みたくなり、最近本屋でちらっと見た
「小松帯刀」の本を買いに出かけた。

パラパラとめくっている間に、その脇に平積みしていた、
「今売れています」のポップに惹かれて手が伸びて、
会津藩の最期を書いた星亮一の「偽りの明治維新 」を発作的に買ってしまった。

薩長土肥連合に最後まで抵抗した会津の悲惨な史実に驚嘆した。

このままでは片手落ち、バランスが崩れるとばかりに、
官軍側の視点の本をとも一度「小松帯刀」の本を求めに行く。

パラパラめくっている間に、同じ歴史本コーナーに置いてあった
「あやつられた龍馬」の表題に龍馬好きの僕としては自然に手が伸び、
見過ごせず先に買い求めた。

フリーメーソンの暗躍によって明治維新が行われ、
龍馬暗殺の真犯人像にまた驚嘆しそれもありなんという思いで本を閉じた。

も一度本屋に出かけ、再び「小松帯刀」の本をパラパラめくっている間に「幕末維新の暗号」の表題に誘われて、また当初の目的ではないものが手に入ることに・・・

いつになったら目的に達するんだろう・・・

両方買っちゃえという手もあったな・・・

散華

近所に住む元朝日新聞天声人語執筆員のおじいちゃんに、
「見なさいよ」と念を押された知覧のドキュメントを拝見した。

冒頭から泣けて泣けてしかたなく、
家族の手前、テーブルに顔を横に倒しくっつけたまま、
最後まで顔を上げることができなかった。

以前靖国神社の遊就館の売店で手に入れた「命の言葉集」を買い求め
特攻で散華した若者の遺書を何度も読んだ。
読みながら、同情の涙を幾度も流した。

けれど、当時の最高学府を学ぶものたちも含め、
これほど非人道的な兵器によく乗ったものだと思った。
戦争とはそういうものだと言われればその通りなのだが
否応なく応えなければならない時代の空気はもちろん考えなくてはならない。
そうした条件を差っぴいても考えをはるかに超越した何かを感じざるを得なかった。

あるとき当時の若者たちが何を望んだのかを知る機会を得る機会があった。
特攻に出たとしても、この戦争は負ける。
自分たちが散華したところで戦争の結果がどうなるものではないと百も承知していたという。

負けることはすでに肌で感じ終局は変化できずとも、後に続くものに託すと。
自分たちが散華することで、後の日本人がその魂を受け継いでくれるだろうことを信じ飛び立つのだと。

そういう彼らの観念を知ったとき、
ただ可愛そうだと思う、ヒューマニズムだけで理解してはいけないのだと感じた。

現代を生きる自分たちには責任がある。そう感じた。

ご縁

だれかが置いていかれたご縁玉。

だいたい察しはつく。
いつも帰りがけ外の小僧さんの頭をなでて手を合わせて行かれるあなたでしょ。

粋なことをされますね。

お彼岸の思い出

子供時代、お彼岸と言うと、父の墓参りが一大イベントだった。
当時住んでいた、横浜の白楽から父の墓のある西東京の田無まで、子供心には結構長い家族旅行であった。

渋谷までは東横線で一本だが、西武新宿線は当時、高田馬場を始発としていた。
ゆえに渋谷→高田馬場間は、国鉄を使わなければならなかった。

当家はどうやら全員が方向音痴のようで(要するに母譲りということなのだろう)渋谷駅が近づくとひそひそ話しが始まる。
「絶対離れちゃダメよ」
「迷っちゃうからね」念には念を入れて母は子供に注意する。
子供は子供で「お母さん迷子にならないで」と心に思っている。

母の緊張はこちらにひしひし伝わってくる。

過去何度も乗り換えに失敗している因縁深き駅なのだ。
だから乗換えが複雑な渋谷駅を前に手に汗を握る緊張のひと時なのだった。

高田馬場駅で国鉄から西武新宿線への乗り換えは実に楽だった。

ただ、西武線は当時とにかく時間がかかった。
子供心にも、そう感じた。
目的の花小金井駅の一つ手前で鈍行に乗り換えるのだが、これが恐ろしく待たされる。昔と言えど横浜市内の喧騒さと比べれば話にならない静けさだった。
亡き父が学生時代はたぬきに道案内されたと言う話もまんざらでもないと思う瞬間だった。
ひばりのピーヒョロローの鳴き声も聞こえてきて、なんとも牧歌的な風景でいつもここで眠くなった。

手入れが行き届いているとは言い難い草ぼうぼうの軌道敷きと、高圧線。弧線橋ではなく、駅構内の踏み切りで上下線の乗り換え(田舎の駅そのもの)、4両編成がせいぜいの短いホーム・・・
彼岸花が咲く川岸と相まって、今だに西武線=田舎電車が僕のイメージから抜けないのである。

闘争

すっかり秋風の吹く一日でした。
日向に出るとこげるように暑いのに、
木陰に入ればすぐに冷ましてくれます。

「風に誘われるままに、どこかに出かけてしまったら?」
右脳は旅に誘う。

そうは行かない現実を慌てて思い出させて左脳は忠告する。

「やることがあるでしょ」

「こんな気持ちのいい日にくすぶってんの?」
右脳はアプローチをやめない。

「現実を見なさい」
左脳も負けじと水をかける。

「いい風だよ」
と右脳。

「店内にもいい風吹いてるよ」
と左脳。

「店長お直しですよう・・・」
店員の声に全てがかき消される。

頭の中で、こんな闘争がしばらく続くのかしらん。

こまったものだ・・・

空ばかり見る機会が増えた。
雷門の前ではそれこそ毎日。

おかげで、目線は地上よりいつも上を向くようになった。
下を見ないから躓くことも多くなった。
目線が上だから、ごちゃごちゃした町並みで仕切られた狭い空間より
開かれた空にいつも気が大きくなってくる。
それにしても都会では空が狭いな。

どうせ毎日見る空なら
こんなことに利用できないものかなと思ってしまう。

http://weathernews.jp/

伝法

待機説法(たいきせっぽう)と言う言葉がある。
お釈迦様は苦行の末に真理を見出す。深遠なる悟りの世界を語りきれないと一度は諦めかけながらも、梵天勧請(ぼんてんかんじょう)によって、法を人々に説くことを決意される。80年の生涯は文字通り法を説き伝える(伝法)ための人生だった。

お釈迦様の説かれた法は、極端な言い方をすれば、ある人にはカラスは黒いと説き、ある人には白いと説くようなものだった。
言葉の表面上をのみ見れば、全く異なる表現で現され単純に比較すれば戸惑う。
字面だけを書き連ねれば矛盾だらけの結果となってしまう。

どうしだろうてか。
それはお釈迦様は、文字(経)を残されたのではないからだ。
残したかったのは、相手の心のありようなのだ。心の救済をされたかったのだ。
千変万化する人の心模様に対し、導き方も千変万化するのである。
つまり、待機説法とは救済される人それぞれの心の状態に応じ、求めるものに応じ、理解度に応じ、説を変化させながら道を説かれたということなのだ。

土に生きるS師に久しぶりにお逢いした。
師を通して縁をもつことのできたMさんの誕生日をしましょうと集まった。
師は在住している地元で不思議な会を設けていた。
(組織論でものごとを進めるくせのあるものには「不思議」と思えるのだが)

月に一度自由に人の集まる場を提供しているのだ。
そこには悩みをもちよって参集されるのだろう。
解決の糸口を求めに人々は集まるのだが、そこに説法はない。
大上段で振り下ろされる鉈(なた)はないのだ。

あるのは参集した仲間たちの自由な同情があるのみだ。
でも生きる智慧はその中からこぼれんばかりに生まれる。
智慧は人がそれぞれ持ち合わせているのだ。

そんな話を聞きながら、説く仏教ではなく、痛みに、悲しみに添う仏教と言うことを
学ばされた。

さて、80を有に越えるM氏の若かりし頃のエピソードとなった。

泳ぎの達者な彼は、昔、二度おぼれている人を助けた。
一度は実の妹を助け、一度は友人を助けた。
80を越えるというのに矍鑠としておられるので若い頃はさもありなんと想像するに難くなかった。
「助けるときはね、その人の背後に潜って回って、抱きつかれない様にしてこうして岸まで押したのさ」身振り手振りで話してくれた。
子供時代、二度溺れ死に損ねた僕としては、それだけでも尊敬に値する話なのだが、聞きながら、真理が隠れていることに気付かされた。

人の悲しみに添う仏教とはそのようなものかと沸々実感させられてきたのだ。

「正しい生き方とはこうだ」とすっぱり切ってもらうのも気持ちよいときももちろんある。
しかし「言わぬが花」も人によっても、また時としても必要なのだ。

だからこそ待機説法なのだ。

「語らず伝える」は、仏教者の・・・いやいや、
仏教に限らずあらゆる信仰の最低のスタンスでなければならないのだろうと感じた。

灯台下暗し

日本で我慢を学び金メダルをとったワンジル、日本人は我慢を忘れ ,

日本でMOTTAINAIを学びノーベル平和賞を受賞したワンガリマータイ女史、
日本人はもったいないを忘れ、

日本型経営のよさが海外で認知され、日本人はアメリカ型経営を追随し、

どうなってんのかな・・・

足元は見えなくなるものなのかな。
精神的にも黒船がドーンと一発、大砲を撃たれないと気づかない民族なのかもしれない。

遺伝

長男が学校の課外授業で今日から冨士の裾野に出かける。
昨夜は「まだ用意していないの!」とばかりに上さんの雷を横耳で聞きながらオリンピックの閉会式を見つつ、そのまま寝込んでしまった。
おかげで夢見の悪いこと・・・

後味の悪いまま目が覚めてしまった。

朝、外に出てみると、まったくもっての曇り空。

天気予報は29日まで雨のマーク連続。
せっかく富士山のお膝元に行こうというのに・・・

「雨男」頭をよぎった。

そうか。やっぱり僕の血か・・・