観音

うちに来ていただいた方はお目に触れていると思うけれど
わが店の神寄る場である(ちょっと大げさか)。
まあ要するに床の間ということである。

暮れに一年の埃を払い一所懸命、拭き掃除をした後、
軸を架け替え、九谷焼の五重塔を建て、松を活けた。
一月中はこのスタイルでいこうと思う。

すると、
福島のS師より三大名文と言われる蓮如聖人の「白骨の御文」を頂戴した。
(昔、初めて目にしたとき、不覚にも思わず涙腺からこぼしたのに気づかぬほど感動したことがあった。山家学生式と白骨の御文は今でも心が熱くなる)
そして、千両箱が舞い込んだ。

まあ…春から縁起がよい程度は感じてもよいかと思うのだ。

この軸は、仲良しのシンガポールのお坊さんH師の手による。
経典の言に従って、自らの血を絞りそれを墨とし、筆書きされたものだ。
聞けば、「え!」っと平和日本の仏教徒は思うが、何にも驚くことではない。

平然と、そうですかと中庸の心で、心を受け止めればよいのかな。

心のある方に縁があったらいいなと思う。

ハピバースディトゥあかちゃん♪

お客様は少なかったけれど、実に豊かな一日だった。

昼過ぎに来店された若者にとくとくと貴重な説教を頂いた。
過去に神社仏閣でお守りと思い、せっせと腕輪念珠を買い求めた。
親や親戚にもよかれと買い求めた。
けれど、一年もすると切れた。

人にあげた念珠も切れた。
これでは手につけたいけど付けられない。あげたことがマイナスに出た。
買った寺にクレームを入れた。「製造元に行ってくれ」と卸し元を教えられた。
今度はそこにクレームを入れた。
すると、「切れることはあたりまえのこと」
とけんもほろろだった。

何でゴムを改良する努力をしないのか。
この業界は、おかしい。

僕は、その言葉を単に構造上だけのクレームとは思えなかった。
聞くと、人一倍熱心に仏教を勉強している子だった。
人の性善説をなんとか立証したいと、我知らずに求めているように感じた。
その期待に応えてくれなかった心の痛みも含まれている気がした。

少なくとも、仏教の枠の中にいる者である以上、
それに応える義務があろう。

ぼくも彼の立場だったら同じことをしたかもしれない。
と、思いながら小一時間ズーっと立ったまま聞いていた。

業界を代表するつもりはないけれど、憤懣やるかたないその思いは、
確かに当を得ていた。
「クレームは前進の糧」となるところ、糧をことごとくこぼしてきた同業界。
何百円、千円そこそこの念珠。しかも、仕入れ商品なのにそこまでかまってられないくらいに捉えた寺院側。
僕も憤懣やるかたない気持ちになっていた。

笑顔を見せて帰られたが、求めに応じる態度の大切さを教えられた。

産休に入る子がいて帰る直前にささやかなおめでた会。

お腹の子の誕生日かな。
だからお母さんは二の次なのだ。

お客様が数人おられたが、一緒に祝福してもらおうなどと思いながら…
「ハピバースデイトゥあかちゃん」で送り出した。

めがね

ついに逝ってしまった。
あ~~ぁ。惜しい奴を・・・

しかも正月早々…

老眼鏡君。

突然目が眩んだ。
左右の目のバランスが一瞬にして崩れた。
どこか頭の血管が切れたのかと思ったほどだ。

二本の指でメガネの上から左右そーっと当ててみる。

ない。ないない。

あるはずのレンズがそこにない。しかも右側だけ。

そして、フレームが見事ポッキリと折れていて、情けなくぶらぶらしているのが解った。

嗚呼、思えば十数年間、極限の使用によくぞ耐えてくれた。

あるときは布団に巻き込まれ、あるときは洗濯機の渦にもまれ
あるときは尻の下に、足の下に、原型を留めないほどに変形しながらも
よく僕についてきてくれた。

そして・・・

ついにその日はやってきた。突然。

平成20年1月8日午後12時30分 
原点回帰の20年。敏の初めの1月。末広がりの八日

再出発にはとても数字並びの良いこの日が、君を送る日になろうとは…
でも天寿を全うしたと思う。多少の酷使はあったかもしれないが…

メガネに天国があるとしたら、きっとそこの住人になるだろう。
できるなら今一度復活を遂げて欲しい。
が無理は言わない。

主人をサポートし続けた君に感謝の言葉を送りたい。

映し身

ぼくはどちらだろう。

ここまで足は短くないか・・・

こんな可愛くないか・・・

日常・非日常

店を始めた当初は、右も左もなーんにもわからないから、
それこそありとあらゆることをやった。

当時(25年前)の浅草には67軒の仏具屋がひしめき合っていたが、
それぞれパトロン(寺など)がいて、きれいに棲み分けされていた。
それぞれが力関係を保って、食べるには困らない状態を創出していたのだと思う。

そんな中に若気の至りとはいえ、仏壇店を始めた。
とにかく何でも試さないと食ってもいけない状況もあったけれど、
それ以上に、面白くて仕方がないというのが本音だった。

上野ー浅草間の仏壇通りを歩くのがたまらなく楽しくて、
隅から隅まで残すことなくお客の立場で覗いて回った。
そのうち同業者とわかって怒鳴られもした。

台東区内にある350ヶ寺にもコツコツ歩いて回った。
東京近郊の3000ヶ寺に毎月のように手書きのDMを送り続けた。

店に顔を出して下さったお客様がいようものなら、お礼の手紙、誕生日、四季の手紙と書きまくり、年末には車で回ってカレンダーとラブレターを渡しに行った。それほどに売れ先が少なかったこともあったけれど、暗中模索であったことが一番の理由だった。

正月は、仏壇屋が正月に店を開ける習慣がなかった。どこも三が日は店を閉めた。
僕は仏壇の扉を閉めて店を開けた。

店員には、休みを与えるから、全て臨時雇いの子たちで固める。
臨時の子が仏壇を売れるほど甘くはない。
だから、出来る商売は何かと考えた。
食べ物屋をやってみることにした。
そこ素人でも簡単にできるだろうと、
甘酒を売ることにした。

これが飛ぶように売れた。
おしるこも売った。そのうち抹茶も売った。

余った甘酒は知り合いのいる地元の養老院に差上げた。
予想以上に喜んでいただいた。
喜んでいただくことに気を良くして、次の年からは除夜の鐘の前に持って行った。

正月中にテーブルの上に置いておいた記念帳には、
感謝の気持ちがつづられていた。
正月三が日で大学ノート3冊になった。
一日が終るとその住所に毎日せっせと手紙を書いた。

その時の若いお客さんたちが、Uターンして買い物客に変身した。

食べ物屋って面白いと味をしめて4シーズン続けた。

正月が終わると、また仏壇の扉を開く。

日頃の社員が顔を出す。
とたんに現実の世界に引き戻された。

正月が終われば人の足も減る。だからなおさら現実味を増す。

今は正月も平常営業なのだ。企画も打たなくなった。
ここ最近は、そのせいなのか、いつも現実の中から抜け出す機会が乏しい。

非日常がなくなった感がある。

今度は何に非日常を求めようか・・・。

サプライズ

正月に店を開けていると人の出会いのサプライズが起こる。

何十年も会っていなかった友人と、それとは知らず?来店してきて店で再会したり、
ふる~い時代のお得意さんがひょこっと顔を出してくれたり、
親に手を引いてこられていたヨチヨチ歩きの子供が、成人したと報告に来てくれたり、

そのたびに驚かされるのだ。

昨日、唯一人の姪がひょっこり訪ねてくれた。
彼女が生まれたときには、ぼくはもう風来坊になっていたから、
直接お産には立ち会えなかったし(長男の時は義兄の代わりに立ち会ってあまりりの修羅場に驚いて逃げて帰ってきた)、
人生の節目節目に何一つ叔父らしいことをしてあげてこれなかった。
けれど、一番なついてくれていた。

一度だけ、小学校に入学するとき、なけなしのお金で
電気スタンドを買って送ったことがあった。
それがよほど嬉しかったのだろう、喜んで電話をしてきてくれた。

僕が結婚するときも、一番喜んでくれたのは彼女だった
「みっちゃん(僕をそう呼んでいた)のお嫁さん」と
僕ら夫婦の周りをクルクル、クルクル回って喜んでくれた。

必要以上に感受性の強い所は、姉に似てしまったようで、
思春期は悩みの中にいた。いつも物思いにふけていた。
そんなころの中学時代は、僕の店でバイトをしていた。
だから毎年正月は顔を見せてくれた。

そのうち大学を出ると足は遠のいた。
保育士の資格を取り、区の施設に働き出した。

それから4年の間をおいて、突然昨日顔を出したのだ。

「こんど結婚するの」と彼を連れてきた。
面食らって言葉に窮した。
「ん。あっそうなの」笑顔で応えたつもり…
同じ保育士の仕事をしているという彼はなかなかの好青年。

これからもよろしくね。と彼と握手をして見送ったが、本当の所は動揺しているのだ。

男ばかりの我が家では、送り出す娘がいない。
さすれば、嫁に出す思いの何分の一かを、疑似体験させてもらったのかもしれない。

幸せになれよ。

初夢

初夢を見た。

念珠直しを一生懸命やっていた。

あ~~~ぁ。仕事の夢かぁ。

元旦の一日

店の前は、人でいっぱい。

車道は、人でいっぱい。

空は、空気いっぱい。

こうして、元旦の一日は終わる。

ついでに、店は、正月いっぱい。

ついに大晦日

頑張らねば…
最期の一日。

昨日は、6本念珠を作って即、発送して
2本糸を間違えて…
作り直して…
通常の発送業務をこなして、
店のことはなーんにも出来ずじまい。

例年のとおりになりつつある。
あせる。

コロッと・・・

毎年この時期になると、頭の中は錯乱状態に陥る。
正月を迎える手順が何が何だかわからなくなって、
気付くと、正月は過ぎている。

成人式が終わる頃にようやくふと我に帰る。

新年になった実感がその頃ようやく湧いてくる。

これが、毎年恒例のパターンなのだけれど、今年は手順が3日早い。

正月飾りもすでに終了し、去年は仕方なく自分で活けた生け花も、すでに外注しちゃったし、商品準備は着々と進んでいるし、普段できない所の掃除もできているし、文句はない。

と思うのだが、自分のことが何も出来ていない。

年賀状も、部屋の片付けも、古いVHSのDVD化も…エトセ、etc.
何もしていない。

家に帰るとコロッと寝てしまう。
寝りについた記憶もなく朝を迎えてしまう。

このまま新年を迎えてしまうのだろうか…
せめて、気持ちだけでも刷新しようと踏ん張っている。