先々・・・

一日があっという間。

棚卸と決算事務とお店と日々の業務とネットショップと念珠製作とあれとこれと…

ふうう…

やっと終わったーー。
と、思うと来年になっちゃうんだよね。

で、気が付くとお正月も終わって2月になっていて、
ついでに梅が散って桜が咲いてる。

おっと気付くと海開き。

先々を考え出すときは、体を動かすに限る。

ということで、区内を自転車で走ってきまーす。

想えば・・・

若い頃から、霊能者、行者と呼ばれる方に好まれた。
若い頃というのを幾つから呼ぶのかわからないが、
記憶にあるのは、小学校低学年。

大好きだった大家のおばあちゃんの家に時々来られていた
日蓮宗の行者さんにすこぶる可愛がられた。

今の仕事を始めるずっと前には
藤沢の霊能者のおばあちゃんにこれまたすこぶる可愛がられた。
この方は、病魔というのは具体的な形のあるものだ。
患者に潜んでいるのがだとよく話していた。
その方面の力のある方で、乞われて全国を飛び回っていた。
エクソシストの大嫌いなぼくは、半分耳を閉じていた。
聞いている当の本人は、話が空中を飛んでいたのだが
それでも、「頑張りなさい」と励まされた。

今の仕事をスタートすると、
真言宗や天台宗のお寺さんには、特に行者さんとは話が弾んだ。
実際は詳しい話しは全くわからない。

けれど、話をしているうちに、相手の光景が目の前に次々に展開される。
その光景を見ながら、感じるところを包み隠さず評価する。
ただ、それだけなのだが。

初めは、ギクシャクしている仲も店を出る頃は身内のような感情に変化する。
何故かいつのまにか離れがたい存在となっている。
長くお付き合いさせていただいている方は、
ほぼ似たりよったりの出逢いである。

そう考えていると、僕の話術や性格によるものなどとは
とうてい考えられなくて、
先祖の見えざる資産に感謝せざるを得なくなる。

納得

宿題となっている仏像製作で壁に当たり、
頭がパンパンになっている。

製作対象の資料が全くといってよいほど見当たらないのだ。
相手が、霧の中にあって想像の域を超えないとなると、
残るは「想像力」「独創力」と言うことになってしまうのだけれど、
なんとかそれは控えたいと思うからなのだ。

本体に忠実に創りたいと考える。
待たせる相手がいる以上、
常識の範囲での期間内に何とかしたいのだけれど、
すでにそれも超えてしまっている。どうもいけない。

でも、納得のいくものに上がらない以上は表に出せない。

祈りの対象になる以上、
ぼくも中途半端には終われないもの。

彫る側からは、彫りなおしばかり命じるから
嫌われ者になっているけれどしかたないか。

もう正月…!?

早いもので、もう10月の声を聞く。

となると、気持ちは正月をどう準備しようかという気持ちに切り替わる。
もう正月?といぶかしがられるところだと思う。
  クリスマスもあるよともいわれるだろう。

けれど、もう気持ちは、来年に走っている。
元旦からの営業を開店以来、欠かしたことがない。
初めの頃は除夜の鐘を聞いて年越しのおそばを食べ終わる頃から
再度店をオープンし、薄明るくなるまで続けたものだ。

え!仏壇屋が?

聞く人は、いつも驚かれる。
そこまでするの?とも言われる。

実際、この時間の営業は、仕事にはならない。
むしろ経費のほうが膨大で赤字になる。

人は、浅草寺の喧騒に疲れて、檀を求め一息つきたくて入店した。
だから、ホッとして出て行かれる。
売上げにはほとんどつながらなかった。

けれど、それでも良いと思いながら店を開けた。
なぜなら、一年にこの日この時間のみしか
お逢いできない方が大勢いたからなのだ。

北海道から、九州から、福井から、新潟から…
「またお逢いできましたね」
「また来年ね」
その声に後押しされて一年の力となる。

効率という尺度で考えるならば、
これほど非効率このうえないこともないだろう。
何のための営業?
「一人のお客様にお逢いしたい為」なのだから。

これが商売かと問われたら、当時なら
「商売をやっているんじゃない」と答えただろう。
今ならば、僕スタイルの「商売」をやっていると答えるだろう。

「効率」「効果」仕事をする上で常に頭をもたげる言葉。
だけれどどうなんだろう・・・

脱線してしまうけれど、
「機能美」も突き詰めると美しいといわれる。
確かに幾何学的であったり、黄金率敵に美しく見えてくるのは確かだと思う。

けれど、僕みたいにいい加減な人間には、そこに長居したいとは思わない。
人の呼吸を受け止めて、呼応する美が好きだ。

sと奪いをやtっていて金銭を生み出すことが効率の第一目的というのは、
今でも疑問を感じるのだ。

何においても経済効果を大前提に換算する風潮がある。
それを否定するわけではない。事務方がおさえればよいことくらいでよい。
出た結果を責任者が知ればよい。

けれど、なんぼ儲かるのか。上から下まで関心の中心。

要するにおいしかったのかおいしくなかったのか…
と言っているようなもの。
どうしても下品に見えてしかたがない。

むしろ、事業の効果として、結果として、
「人が幸せになったのか?」
を尺度として使えないものだろうかと思えてならない。
「幸福度」が効率の中心課題。これはいい。

いくら、儲かろうが、経済効果が高かろうが、
一人でも不幸が生じれば、また、一人の不幸を当然と考える事業ならば、
事業計画そのものが間違っているのである。

「非効率の効率」ということも
仕事の上にあってもいいので…
いや、なくてはならないのではないだろうかと考える。

ひやひやの夢なのだ・・・

また夢の話。

毎日わくわくドキドキの夢ばかり続く。

一昨日は、スキーですべりまくっていた。
数十年滑っていないと言うのに。
最期にはジャンプまでして、スリル満点の夢。

昨日は、怪獣に追いかけられる。
しかも、等身大ときた。
大怪獣なら、ドシンドシンと来ている間に、
鼠のようにどこかに雲隠れもできるだろうけれど、
同じ目線で追いかけられると、徹底して逃げ切るか、戦うしかない。

外ではワーワーと人の逃げ惑う喧騒さの中、
僕はと言うと、どこかの教室にバリケードをこさえて、
数人で侵入をふせいでいる。
いよいよ怪獣に見つかった。手が出た。尻尾が見えた。
まさにドアを突き破ろうとしたぎりぎりの段階。

「もう戦うしかない」

ようやく腹を決めた。

目が覚めた。

頭の上でテレビが付けっぱなしとなっていた。
どうりでうるさいわけだ。

この間観た映画が悪かったかな、「トランスフォーマー」
観ながらこれは夢に出そうだと予感が走ったけれど、
案の定ロボットが怪獣に変化して第二部を堪能させてくれた。
単純な男やなあ…

お彼岸

秋分の日の振替休日。

お彼岸の後半と言うこともあって
人の出は、天候にかかわらずよかった。

けれど、浅草にお参りに来られたのかなあ。

嬉しい反面、この期間を肝心の先祖供養に費やす時間と
しているんだろうか。

金七先生・・・

ちょうど今日は、息子たちの通う学校の文化祭。
長男への心配心と、他の息子たちの学校でのよそ行き顔を
見ておきたいと思い立ち、出かけることにした。


そこは、北千住にある男子校で「3年B組金八先生」の
ロケでも何度か使われた学校だ。
最近建て替えられたため、その面影は全くなくなってしまったと
聞いて、その校舎の下見も兼ねていた。

男子校の文化祭ほど、むさくるしいものはない。
自分も男子校上がりゆえ予想はついた。
こういうことは時代や土地柄が違っても
暗黙の伝統があるように思われた。

各教室を廻り、子供の姿を見つけようにもどこに雲隠れしたのか、
模擬店にも校庭にも影も形も見られない。
しかたなく、校舎を隅々まで散策して、
次男がアメフトの練習をしているという荒川土手に足を延ばしてみることにした。

この荒川土手も、金八先生のロケでよく使われる。
気がおかしくなるかと思われる容赦ない直射日光にさらされながら、
子供の練習姿を楽しみに歩を急ぐ。
土手の急坂も何のそのである。

深い草むらをかき分けて土手上によじ登る。
空がパッと広がった。

川と土手。
なんとも懐かしい光景だ。

トランペットの練習をする女の子、
土手沿いのサイクリング道で練習する自転車乗りたち。
絵に描いたような下町の光景。

酷暑でさえなければ、大の字になって寝転んでみたくなる。

見渡すが肝心の集団がどこにも見当たらない。
空振りだった。

空振りすると、さっきまでの元気印は消滅し、
いっきに胸のカラータイマーが点滅し始めた。

親の心子の心。

急きょ、高3の長男を連れて東京ドームに行くことになった。

本来なら受験勉強に突入中で、
そんな暇などあろうはずはないのだけれど、
どうもこの期におよんで、まだエンジンが
かかりきれない姿を心配して、
親子の話をしようと連れ出した次第なのだ。

便利なもので、ネット経由で空き状況を確認し、
コンビニでチケットを受け取って、そっと出かけた。

長男と二人でドームに行くのは、8年ぶりくらい。
小学校だった頃の彼は、ドームの大きさに度肝を抜かれつつ、
目をきらきらさせていた。帰り道も興奮は収まらず、
湯島を経由して家まで歩いて帰った。
親は昨日のように思い出す。

そんな思いに浸りながらいる親の感傷を意に介せず、
ぼくよりでかくなった息子は、無表情に席に着く。

おしだんまりを貫いていた息子も、1点リードされていた巨人が後半、
一気に逆転すると、思わず大声を出しつつもニヒルに喜びを表現していた。

「帰りはどうする?」と聞くと、
「歩いて帰る」と珍しく自分から意思表意してきた。

8年前と同じように湯島経由で帰ることにした。以前と違っていたのは、息子の足の速さと真っ暗な天神様で合格祈願をしたこと。

何話したのと心配していた母親から電話が入るが、そういえばそのために来たんだったっけ。興奮してすっかり忘れていた。

じっと見る

「働けど働けどわが暮らし… じっと手を見る」
石川啄木は歌を残し、

作家なら文化を残し、

占い師なら未来を予見し、

エンジニアなら便利さを残し、

学者は可能性を諮詢し、

ボクサーなら富を残し、

医師は命を残し、

宗教者は智慧を残し、

・・・・

こんな小さな手の中にも小宇宙がある。

今、この瞬間にも何億と言う細胞が働いて、
脳と交信を取り会いながら、

気付かれようが気付かれまいが、

良くも悪しきにも黙々と働いている…

ほんと、すごいなあ… 「手」

そろそろ・・・

敬老の日とは、法律で、
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」
と1954年に定められたのだそうです。

長い間、社会の為につくしてきた高齢者を敬い、長寿を祝うとともに、高齢者の福祉について関心を深め、高齢者の生活の向上を図ろうという気持ちが込められているのでしょう。

という趣旨の記念日か…
ということは、この一年かけての結果報告、事業報告を
国民に知らしめるという作業があっても良いのではないのかな…
でなければ、ただ、休暇の口実としか思えないもの。

と、Booはすぐに考えてしまう。
まあ、なにごとも、意識することなしには何も始まらないからね。
けれど50年意識してきているのだから、
次の段階に入ってもいいんじゃ…
ないのかな。

最近、大変困る。そして迷う。

どの年齢から年寄りと言うのだろう…

70歳や80歳といってもバリバリの元気印
「おじいちゃん」「おばあちゃん」なんてとても言えない。

肉体的年齢を指して「敬老」なではないのかもしれない
などと考えてみたり。

まさに悩みの日だ。
さて、どうしたらよいものか…