夏を乗り切る

ここ最近、いくら寝ても、寝ても、寝ても、
寝たりない。

まだ、夏本番に突入したばかりと言うのに、
午後になると、あくびが止まらない。

セミの声など聞いたら、
条件反射でコロンとなってしまいそうである。

夕食を済ませると、これもまたコロンである。
持ち帰った仕事は、虚しく袋に入ったまま朝を迎える。
読みたい本も、スタンバイしながら読み手に振り返られることもなく
伏せたままとなっている。

体は中庸を保とうと頑張っているんだなあ。
少しは労わってあげるとしようか…

林道趣味

当家もついにビリーさんの傘下に入った。

まあ三日坊主がせいぜいかなと思いながら、
夫婦お互いの腹を気にしながら、
気休めに軍門に下った。
なんちゃって入隊である。

友人の状況を見ても頑張ればそれなりの効果がありそうだけれど、
楽しさを会得しないと長続きするものじゃないだろうな。

長続きと言えば、
最近、森林浴やさらに進んで、
森林セラピーという世界があるということを知った。
厚生労働省の指定も受けた森林セラピー箇所も全国に指定されている。

実際、そこでストレス度を入山前に確認し、
下山後計ると確かに下がっているのが視認できる。

数字で確認できると言うのは、なかなか説得力がある。

けれど、
どうせ森林に入るならば、
自転車を脇に抱えながら入りたいものだ。

僕の林道趣味は、極みは担ぎなのだ。
登山道を自転車を背中に担いで歩くものだけれど
なかなか良い運動になる。

その一歩手前が、自転車を押して森の小道を歩く。
ふかふかした落ち葉のじゅうたんの上を、
木漏れ日を受けながら木の香を吸い込みながらのんびり歩く。

小川を見つければ、ひっくり返って昼寝。

そんな一日を過ぎると、もう完璧にリセットされる。

と、ここまで書いていると、
じっとしていられなくなってきた。

どうしよう・・・

時を越えて受け継ぐ

昨日の靖国神社は、嵐の前の静けさ。

敗戦記念日の当日は、とてもまともに歩けない参道も、
今日は凱旋車一つない。
夏の太陽、若干の緑風、
走る自分の飛び出す心臓の音のみだった。

この坂も何度、駆け上がっただろう。

こんな写真とってる暇ないよと思いながら、

走りながらもつい手を動かしてしまう。

何処かで見た光景

遊就館でSさんと元特攻隊の紳士と再会した。

館内をしっかりと説明していただいた。

氏は、陸軍特攻機、さくら弾を知る数少ない証人。
戦後生まれの自分には想像でしか感じとれない部分を、
充分すぎるくらい補完してくださった。

靖国神社には喜怒哀楽をもつ人間の、
血のかよう生々しい人生が祀られている。

けっしてここは、記念館、ミュージアムではないのだ。
字面には現れてこない悩み、苦しみ、悟り、喜び、決意…。
そんな心の結晶があるのである。

時の日本の置かれた状況を理解し、
個としての夢を散華してまで未来に国を残したい純な心。
そんな若者が「いた」という事実を事実として、
受け止める責任が僕らにはあると感じさせられる。

氏は、
「ここに来るたびに先に逝った戦友にすまない思いでいる」
「昭和の大戦は、自分の中で終了させたい」とおっしゃていた。

なんの、まだまだ。
もっともっと伝えて下さいね。
正直思った。

驚きの企画をその後、
友人に用意され…
(氏もぼくも友人も誕生日が近いので)
氏にとっても僕にとっても
言葉どおりサプライズだった。

ダブル感動の日だった。

まさしく「感動した!」

アンパンマンのエキス

友人のサイトで紹介していた。
「アンパンマンのエキス」

献血に対してしばらく意識がなかった。
この一瞬にも、逝く命がある。
逝かざるを得ない命がある。

けれど、支えあう善意がある。
そして、できる善がある。

人が人である証とは「支え愛」だな…

と、

改め感じさせられた。

http://www.tss-tv.co.jp/news/anpan/

昨日は、お得意さんであり、
友人であるY氏から頂戴した手紙に、散々感動したばかり。
ありがたい、正に「有り難い」ことだと思う。

二日続けて、感動の連続である。

修理にて

一見すると判らないと思う。
けれど、こんなでたらめな作り方…

最終形がそれらしくあればOKじゃあないんだ。

ボサ(円錐形のパーツ)を逆につけて
中糸は釣り糸のテグスで通し
ネックレスを念珠に仕立て替えするとき、
1mmもない玉穴のには、しかたなく取る方法ではあるけれど、

充分穴も大きくしっかりした糸を通せるのに、
切れやすいテグスを通す?
考えられない…

玉がかわいそう…

長いものにはまかれろ?

上さんが食後にちらっと言った言葉。

「去年までは、花火の音が聞こえるとジットしていられなかったのに、
今年は花火が終わるまで外も見るきがしなかったわ」

目の前の通りからも、ビルの屋上に出ても見えていた光景が、
どんどん環境の変化で遠いものになってしまったこともあるけれど、
ぼくも今年は、若者の乱痴気騒ぎの町になるのがあまりにも目に付いてしまい、
早々に現場から辞退してしまった。

決して歳のせいとは思うまい。

店の敷地内でも10人近くの若者が占拠して、
なにやら真昼間から騒ぎ放題だった。

まあ、開放感に浸りたい気持ちも、わからないでもないのだけれど、
時と場所を考えろと、だんだんと腹立たしくなって、
怒鳴りに表に出たとたん、「ごめんなさい」と数人に謝られてしまった。

なんだよ、いい子じゃん。
これで、トーンが落ちてしまった。

一人一人では状況を感知している子もいるのに、
まとまると、集団ヒステリック状況を装わなければならないの?

見た目は超現代っ子でも、中身は長いものには巻かれろ的日本人。

全く変化してないじゃん。

と、不思議な思いに駆られたTON店長なのであったのでした。

寝ても覚めても

何にでも興味を持つのは僕の良くも悪くも特徴。
多少のばらつきがあるけれど、長い付き合いになる。

念珠作りも仕事と言えば仕事なのだけれど、
そう思いながら製作したことはない。

趣味というと語弊があるが…
ようするに好きの延長なのだ。

儲けようと言う気はないし、
会社を大きくしようと言う気もない。

こういう人が、株式会社を何故作ったのと時々考えちゃうが、
立ち上げた当時は、社会的信用と言うことが
一番だったからだけなのだ。

株式会社というくくり以外で、
自分の考えにあった企業形態があったら
とっとと作り変えたいと思っている。

まだまだ創りたいものがフツフツ湧いてくる。

念ずれば…

「念ずれば花開く」とは坂村真民さんの有名な詩であるが
ぼくは、「いい言葉」に止まらず、心底信じている

「念ずれば通じる」とか「祈りはかなえられる」とか、
素直に信じる。

はじめからそう思えるようになったわけではないのだが、
この仕事を始めてからというもの、
不思議なことに数々出会ってきた。

裏付ける事実が腐るほどあるのだ。

ゆえに、
偶然で結果が出たとはとても思えない人なのである。

金の腕輪

18kの腕輪。
70gを越えるとちょっと重い。

持込だったけれど、ムクの玉はあまり向かないように思う。

18kなら、中空の肉厚が丁度良いかな。

いい勉強になった。

仕事柄・・・

すぐ見破られてしまう。

こちらの根が素直なせいか…
はたまた、相手の洞察力が鋭いのか…

どちらも当たりのような気もする。

仕事柄、お客様にはスピリチュアルなことに造詣の深い方が多い。
古典的に言えば、霊力の強い方とか行者ともいう。

そうでなくとも直観力や洞察力に長けている。
電話一本で、すぐに見破られてしまう。

ルルルルル・ルルルルル・・・電話がなる。

店員「店長ー○○さまですよー」

僕「あ!あのお客様だ」

相手が、誰とわかると必ず深呼吸をする。
そして、フーーーーっと吐き出す。
心のもやもやをなかったことにしようとする悪あがきだ。

で、元気良く「あ!○○さん?」と電話を受ける。

「店長さん元気?大丈夫?」
ぜーんぶばれちゃった?!

日頃が大事と言うことか…

日々是好日