経典に著されている七宝。
七つの宝。
金、銀、瑠璃、ハリ、蝦蛄、瑪瑙、珊瑚が
一堂に会するとこういう念珠になる。
きれいだーー!

TONちゃんの勝手な思いをいつも考える、お客様のこと、浅草念珠堂のこと。。。
経典に著されている七宝。
七つの宝。
金、銀、瑠璃、ハリ、蝦蛄、瑪瑙、珊瑚が
一堂に会するとこういう念珠になる。
きれいだーー!

ナーゴ、ナーゴうるさいね。
すし屋のお魚狙いかな。

キョロキョロと周りを伺ったかと思ったら・・・

知ーーらないっと。
以前は、毎月のように京都往還を、夜行日帰りで続けていた。
もちろん、自動車でのこと。
帰って店に立つ時間は決まっているし、
訪ねなければならない寺も時間が決まっていた。
となれば、強行軍にならざるを得なかった。
店のシャッターを閉めると同時に車を駆って、東名をひた走った。
海老名のサービスエリアで一息入れて、
あとはノンストップで大津の休憩所まで飛ばす。
身支度を整えて、ちょっと仮眠して日の出を待つ。
丸一日、数軒の寺を訪ね終えると、
とんぼ返りで京都南のICから東京に向かう。
途中、回転寿司のコーナーのあったサービスエリアで一息した。
岡崎を過ぎる頃には、ホッとした隙間に睡魔が忍び込むことになる。
そういう時は、コーヒーもガムも何の役に立たなくなっている。
ついに最期の手段となる。
知りうる限りの曲を歌い続けるのだ。
決まって70年代の曲になってしまうのだが…
何曲か、口ずさみながらいると、突然どっと涙に襲われる。
っと、アドレナリンが出るのか、すっかり眠気は飛んでいる。
琴線のどこに触れたのかわからないが、
何処かのフレーズでヒットしたのだろう。
忘れていたはずの感覚が泉のように止まることなく、
噴出してくる不思議さを感じたものだ。
(こんな走りは真似しないで欲しい)
トトロを始めて観た時の驚きは格別のものがあった。
支持する感覚は年代によってずいぶん異なるのだろうと思うけれど、
高度成長期を受身ながら肌で感じ取ってきた僕らの世代には、
どこにでもあった光景であり、懐かしさにほろりと来た。
香りの商売上さまざまな香りを試していると、
勝手に記憶の扉が開いてしまう。しかもごく限られた期間の記憶が。
臭気判定士の勉強をしていたときに、脳ミソの海馬組織に蓄積されている
香りは古い記憶にダイレクトに作用することを知った。
考えると、人の感覚って面白いものだと思う。

20歳の頃だったか、山崎朋子の「サンダカン八番娼館」の劇を観た。
感動した。
同時に、そうした運命に翻弄された女性の数は、
生半可な人数ではなかったことも同時に知って唖然とした。
貧農の口減らしに身を売られ海外の娼婦館「サンダカン八番娼館」で働く、
実在の女性をモデルにした物語である。
元からゆきさんだった老婆と山崎の劇的出会いから、
明治期、貧しかった日本をあとに東南アジアに娼婦として身売りされていく「からゆきさん」を調査、取材し、一冊の本にまとめた。
日本に出稼ぎにくる外国人女性をさして「じゃぱゆきさん」
などという造語があるが「からゆき」つまり唐行き(からゆき)に対しての造語なのである。
最近、日本の近代史に興味があっていろいろ読みかじりしていると
海外に居住していた日本人への興味が高まざるを得なくなってきたのだ。
でも、さらに時代をさかのぼれば、山田長政に代表される、
古の昔にも日本を離れアジアを舞台に活躍した日本人がいた。
その数は予想をはるかに上回る規模であったようだ。
戦国時代、特に関が原や、大阪夏冬の陣であぶれた武士集団…浪人集団の国外逃亡など行き先は日本人町のあった東南アジアであったと聞く。
当時の国王の傭兵として雇われるものも少なくなかったようだ。
江戸幕府のキリシタン弾圧を逃れた、宗教難民も多い。
それらの末裔には、知り得る範囲だけでも
現地で名門家として残っているという。
単純に500年と言うことは、
おおざっぱに15代続いていると考えて、
一人が3人産んでその子供がまた3人と単純に計算しただけでも
15代続けば、なんと478万人に増えることになる。
あまりにも大雑把すぎて聞くに堪えられない諸兄もいるだろうが、
代が連なると言うことは、これほど大きな事なのだ。
そこには若くして死滅したり、独身で通したり、病死、虐殺、天災などの要因で、はるかに少ないかもしれないし、3人の子供という計算は少なすぎるということもある。
が、日本人町というコロニーが国を越えて存在していたということが、ダイナミックに感ずる。
そして同国の血を引く末孫がそこにいるということが不可思議でならないということなのだ。
先の大戦でも、終戦を迎えながら、植民地からの独立を助けた部隊もあり、そのまま帰国せず現地で結婚し留まった日本兵もいると聞く。
考えると、
なんだか国と言うレベルは、どこに行ってしまうんだろう。
お得意さんであり、大切な友人Sさんと話している中で
ふっと気付かされた。
あるとき不幸を背負ってきた少年を担任の教師が「私が慰めてあげる」と心でだきかかえようとしたそうな。けれど、「幸福なあんたに何が分かる」と幼少のころから背負ってきた重荷を持つ不遇の少年は、「分かるわけがない」と拒んだのだと言う。
確かに、然り。そのとおりだと思った。
慰めたいと思う回りの気持ちもわかる。けれど
慰められれば慰められるほど、
慰められる側の心は空回りするだろう。
「あんたに何がわかる」
同情・・・同じ情に立つ
同じ情になる為には、同じ境遇を通過しなければ、得れる方法はないだろう。
社会的要因、家庭的要因、個人的要因、
それに先天的、家系的要因まで考えていくと、
人の十字架は、軽々しく背負うことはできない。
でも、
それでも背負ったまま生き続けなければならないのも人間なのだ。
忘却すること。
生を止めること。
自ら以上の苦を背負って生きる人を探すこと。
の3択しか解く鍵はないように感ずる。
忘却というと、いい加減なように聞こえるが、
実は積極策なのだと思う。
生きたい、元に戻りたいと根底にあるが故の生きる術なのだと思う。
生を止める事。もちろんそれも本人の選択肢なのだが、
後々周りへの後遺症を考えた場合、悲しいかな本人の善とは逆に、
最も非善、非人間的である気がする。
残されたものが越えなければならない課題は、
ヒマラヤを未経験者が案内人もなく越えるほど過酷なものだ。
以前の重荷まで重加算されるのだから。
自ら以上の苦を背負いながら、健気に生きている人と出会う
僕の知る限り、心の開放につながる近道と考えている。
人の苦を最大限、自分の苦と捉え生きた宗祖の教えに出会う人もいる。
子を失った悲しみを、親を失った子供を引取り育てることで越える人もいる。
公に生きることでその術を得る人もいる。
人間(じんかん)とはよく表意したもので、
人間で落とした心は、
人間の中でしか拾えないようにできているのかもしれない。
だから、死に急ぐ心を持つものには、
早まるな。
ちょっと待て。
「まだまだ探しきれていないよ」とどうしても言いたくなる。
ブログを書いているせいか
目的地にまともについたためしがない。
いつもネタ探しになってしまう。
そして、
必ず横道にそれてしまうのだ。
たった、何百メートルか移動するだけでも
30分40分平気でかかってしまう。
猫を見つけた。
野良のような、そうでないような。

僕(ニャーニヤー・・・こっちゃこー)
猫(うるさいなあ、あっちに行けっちゅうの)
僕(振り向けよ)
猫(無視したろ)
僕(はぐれもんは、寄って来んなあ…)
猫(・・・おまえこそ)

こうして、次の獲物を見つけに、自転車を転がすのであった。
ちなみに猫占いでいくと僕はこうなるのだそうです。

ちょっと意外でしょ。
野次が聞こえてきます…
どういう訳だろう…、
まあ原因は僕が作ったことに間違いないのだが…。
僕の耳の話なのだ。
この一週間、右の耳が痛い痛いと思っているうちに、
鈍痛でおさまらなくなってしまった。
本格的に治療を要する痛みになってきたものだから、
消毒液と化膿止めの軟膏を合わせ鏡で覗き込みながら、
恐る恐る治療することとなってしまった。
もともと化膿しやすい体質であるし、
幼少時より目、耳、口、鼻の病気には事欠かない歴史があるので、
因果は良く分かるのだ。
どこをどうすればよいかは、下手な新米医者より感覚的に分かる。
が、この痛みはどうしても合点がいかない。
外耳なのでさほど心配せずにいたのだが、
それでも痛みが長引くと、気候も丁度良くない時期だし、
自己治療も潮時、そろそろ医者に行くかと思っている矢先、
痛みが急にひいてしまった。
そこで患部を覗き込みながら、考えてみる余裕が生まれた。
患部は脂肪の吐き出し口
(つまり指で押すとチューと脂肪が出てくる所だ)
が、ある場所だった。
どうやらそれが耳掃除していたときに、
傷つけて菌が繁殖したのだろうと言う結論に達した。
小学校頃までは溜まった脂肪を定期的に押し出して、
母親にとってもらっていたのだ。
中学にあがると、母親に甘えるにもストレートにできなくなり、
溜まってるなあと思いながらもおざなりにしていた。
そのうちいつしか頭から離れていたのだ。
どう考えてもそこしかない。
すると、小6で12歳だから…
おーーー40年。
40年目にして自己主張をしたのだった。
そんなに黙っていなくてもよかったろうに…
脂肪口と言っても妙に愛おしさが湧くものだ。
それそのものは、生物学的な器官の一つに過ぎないのに
やたら同情心を感じる。
そこが、「母親との接点」ということもあるのだろうか。
親の言葉だったと思うが
「相手の醜い部分こそ、そこがいとおしく感じる。
なぜなら、その場所は、心配し続けた親の愛情が
ことのほか詰まっている場所だからね」
と、思い出された。
改めて体中には、いくつかそんなスポットがあることに気付かされた。
親不孝しているからなあ…
こうして痛みを伴ってまで、想起させるのだ。
じゃあ父親との接点ってどこにあるんだろう…
中越地震で10人目の犠牲者が出てしまった…
しかも菩提寺の墓石類に押しつぶされる形で
発見されたと聞く。
胸が押し付けられる苦しさを感じる。
今回は、聖域での犠牲者がなかったと、
昨日早朝に書いたばかりだっただけに、
やるせない気持ちになった。
なんだか、
そこら中で書き散らしている感がある。
道路で事故が起きれば、加害者本人はもちろん、
道路管理者の責任も取られる。
川が氾濫すれば、河川管理者が。
崖が崩れれば、斜面の管理者の責任がいつも問われる。
聖域と呼ばれる公共の区域は、
決して一宗教法人の私物ではない。
都会にあっては特にそれは顕著に思う。
その区域内にあって、まして付帯施設で事故が起きれば
管理責任を問われるのははもちろん、
俗な言い方をすれば「聖域」という看板に傷がつくというものではないか。
なにより、尊い生命は帰ってこないのだから。
畏怖を感じるほどの伽藍建築にしのぎを削るのもよいが、
そこが、災害時には広域避難所になるのだという概念が
どこまで用意されているのだろうか。
その地域何万人分の非常食や飲料水、テント、
トイレまで用意せよとは言わないが
(丸の内の事業所では、準備していると聞くが)
少なくとも宗教の看板を掲げるところが、
広域の非常時の意識を持たないでどうするのだろう。
「災害時には、まかせなさい」
と言ってくれる、法人はいないものだろうか。
ましてや祭事用具で人命を落とす愚は、
そろそろ辞めにしまいか。
中越沖地震の一方を受けた空からリポートをテレビで見ていた。
若いリポーターが活躍の場を得たりと、
懸命にに状況を説明していた。
地震の規模の大きさを肌で感じるリポートだった。
ある大きな建物の近くに取材ヘリは近づいた。
「神社です。神社が倒壊しています」
神社かあ…ずいぶん大きな神社だなあ
拝殿かい?珍しい形の神社だねえ・・・
あれれ、墓所があるよ…
敷地内に墓石が100基以上立っていた。
(おかしいよリポーターさん、神社じゃなさそうだよ)
「神社が大変なことになってます・・・」
テレビではまだ神社と繰返していた。
鳥居は?
ない。
これは、お寺です。
さらに見ていると、大きな灯籠が倒れていた。
墓も軒並み倒れていた。
この地震では、犠牲者はなかったが
地震の度に倒壊した灯籠の下敷きになって犠牲者が出ている。
なのに、こうして災害現場を見ていると、
相変わらず、灯籠や墓石の倒壊がテレビの格好の対象になっている。
もうそろそろ、この構図はお終いにならないだろうか。
神社仏閣の敷地は、非常時、広域避難所になりうる区域だ。
まして、そこは聖域。
そこで、その付帯設備で人命が奪われるなんて
あまりにも悲しいことだ。
鉄筋を各部材に通す補強を行えばある程度、
崩壊は防げるはずなのに・・・
昨今、
神社仏閣の使用目的が多目的に変化してきていることを考えると
まして、都会の中の聖域は、格好の避難所として考えるべきであって、
威容さや荘厳さを誇らしげにすることのみが、
目的ではあってはならないと思うのである。
過去、まだ墓石工事を請け負っていた頃、
地震対策のためにと、ある時期から、
墓石のパーツに鉄筋を数本必ず通した。
中には、関東には珍しい、おかカロート形式のお城みたいなお墓も設計した。
全て、鉄筋量を計算して部材をつなぎ合わせた。
墓石の設計をやめて数年経ってから、比較的大きな地震があった。
心配で施主さんたちに連絡を取った。
周りの墓石はことごとく、竿石がずれたり
倒壊したにもかかわらず、
びくともしなかったそうだ。ホッとした。
天変地異があれば、
人情として、人は不動のものに身を添いたくなるのだ。
せめてその期待は裏切らないで欲しい。
マスコミのカメラの走るところが、
決まって神社仏閣の大灯籠などだ。
僕がカメラマンなら、
きっと地震規模の大きさを示せる格好の素材対象として、
神社仏閣を頭に描くだろう。もちろんいい写真を撮りたいがためである。
そんな期待を見事に覆してくれる、
災害に備えた聖域になって欲しいと思うのは、
僕ばかりではないだろう。
「いやだな」と思うと、
何故か「いやだな」に近づいてしまう。
良いほうに予測すればよいのだが、
だから極力、マイナス志向が頭をもたげてきたら
数秒で切り替えることにしている。
学生時代、弓道部に所属してさんざん弓を打ってきた。
いざ試合になると決まって前日に夢を見る。
矢を弦にかけ弓を打ち起し、的につける。
静寂な時間(会(かい)という)。
当て気を起こさず、
体は静止するが精神的に充実をみて、
気が充分に溜まりきった時点気が発すると同時に
矢も自然に発せられ(離れ)的に的中する。
と、なるのだ。
が、
ポロリ
矢が弦から外れて床に落ちる。
慌てて二矢目を弦にかけ同じ動作を繰返す。
ポロリ
何度やっても落とすのだ。
めちゃくちゃ慌てる。
「こんなことあろうはずはない。絶対無い!」
これは夢に違いないと強制的に目を覚ますのだ。
実際、試合中に弦から矢が外れたことなど一度もないのだ。
あろうはずがないことなのに、
夢では、あっちゃう。
完璧を望むから、余計なストレスを感じるのだろう。
心理学を専攻する諸氏には、格好の材料なのかもしれないが
本人は、割と深刻に受け止めている。
故に、あろうはずもないものを考え始めたら、
80点、いや60点でよい。
100点とろうなどおこがましいと思うようにした。
すると、おかしな気持ちは雲散霧消して
晴れ晴れと平常心で試合に望めた。
今まで、この60点思考がどれほど役に立ったろうか。