お盆台風

台風が接近してきている。
大丈夫かなあ…
今日から、お盆と言うのに…

15日が関東に一番近寄ると予想している。

大雨警報もずっと出っぱなしだし、
もう相当水を吸って山の土は緩みっぱなしだし、
ここにきて雨と風で揺さぶられたら、シラス台地の鹿児島や
ローム層の多い地方はたまらないな…

お盆月に台風の大災害って多いんだよね。
しかも今回は、まったくもって、お盆と重なっている。

CMじゃないけれど「どうなるぼく」

最近はようやくトラウマがとれたけど、
以前は、雨が降ると災害が頭からついて離れなかった。

昔の土木の仕事の時も、墓石工事を盛んに請けていたときも
工事現場は、雨がなにより強敵だった。
刻一刻変化する、降水予想には、神経が休まらない。

ついソワソワして心が落ち着かなくなってしまう。

蛙やデンデンムシの魂が乗り移ったわけでは決してない。

そして今は、空模様を見ては
お客様の入りに神経を尖らせている。

どちらにしても、似たようなものかな。



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伝える。

お客様との会話。

ほおずき市ということで
昼間からお酒が入り、ほろ酔い気分でご来店される。

ぼくは、念珠の製作をしていたので、
手が離せなかった。
お客様の独り言が聞くともなしに耳に入る。

値付け前に仮置きしてある念珠を手に取りながら、
「これいいなあ。でも俺なんかダメなんだよなあ…」
「まだ早いんだろうなあ…」

何がだめだというんだろうか。
何が早いと言うのだろうか。

不思議に思い、製作を中断し、

「どうされました?」

と、たずねてみた。

前にこれはいいと思い、買おうとしたら、

「お客様には、早すぎますよ」と言われたのだという。

「早い!」(何が早いと言うのか…)

気を取り直して別のを手に取ったら、

「なんとか菩提樹っていうのだったけど…」
また、店の主人らしき人に、

「それはお寺様の使うものだ。在家は使わない」と断られたという。
どうでもよくなって、置いてその店を飛び出てしまったという。

「尊い人が使うもので、俺なんかが持てるものじゃない」

お寺用と在家用が歴然とあると刷り込まれた感じだ。

(あっちゃー。誰だよそんな事言ったのは)

念珠を持つのに、寺も在家もあるのかね。
逆に問いかけたくなった。

京都を旅したとき、記念に買おうと仏具店に入り
言われたのだと意気消沈気味に教えてくれた。
(うちじゃなくてよかった)

お客様には、仏教のプロもいれば、
馴染みのない方もいらっしゃる。

どう伝えるかは、プロとして、
心を砕いて伝える義務があるのだと思う。

人の振り見て・・・
だなあ。

想い出す研究心

古い画像をひっくり返し眺めていると
紐組の研究画像がゴロゴロ出てきた。

ずいぶんやってたんだなあ…

変わった組み方を見つけると買ってきて
解いてみて、写真を撮って覚えていた。

最近少しさぼりり気味かな…

谷中五重塔

ネット仲間が入谷のあさがお市を見ながら店で合流し、
木馬館に出かけて行った。

「入谷」と聞いて、数日前の新聞の記事を思い出した。

台東区長の質疑応答が直近の区議会でなされた。

質疑応答の中に、幸田露伴の小説「五重塔」の舞台にもなった、
谷中五重塔を再建したいと、
都に働きかける旨を約束したのだ。

できればいままでにない快挙だ。
消失したのが1957年だから、燃えてなくなって50年ということだ。

よく今まで再建されなかったものだと、
違った意味で感心する。

できるといいなあ。

明治維新の上の野山の戦争にも、
関東大震災にも、
東京大空襲からも難を逃れた国宝の塔が、

男女の恋の道連れで心中の舞台になろうとは、
古人は夢にだに思わなかっただろう。

また、その谷中五重の塔のことを調べているうちに、
脱線し、こんな面白い記事を見つけ、
読みふけってしまった。

http://www.habutae.jp/event/event_1.html 谷中善性寺そばの羽二重団子の翁が書き綴った根岸の里の話だ。

残念ながら、じっくりと谷中を散策した試しはないのだけれど、
谷根千(谷中・根岸・千駄木)は、寺町浅草を知る上でいつも参考にしてきた。
じっくり読むと江戸の風景が自然と鳥瞰される。
また妄想・瞑想(迷走)の世界となってしまった。

今寝たら、江戸浅草の夢を見れるかしらん。

気付きに気付く

近しい友に誘われて、講演を聴きに四谷まで
足を伸ばした。

西田天香師の創始された一燈園
一燈園の小中高一貫教育をされている
燈影学園長である相大二郎氏の講演会に参加した。

ネット以外の集まりに出るのは、久しぶり。

相変わらず、駆け足で急ぐ。

演題は、「教わる教育、伝わる教育」

声に出して教えるだけが教育なのではないことを
諄々と説明していただいた。

作務を通して体得させていく教育法。
「気付き」の大事さを改めて文字通り気付かされた。

感じるとことは、本当に大であった。

心で満たされ、
お腹も満たされた。

Sさんご馳走さまでした。

久しぶり!

最近お店にこないじゃないの…
どこにいたの?

おまえんとこ行っても、食えんニャン!

おいおい…

そっちは行き止まりだって。

いいんニャッ!

ルネサンス

ここに来るたびに、惜しいなあといつも思う。
歴史建造物とは言えないけれど、それなりに趣きはある。

東武鉄道が浅草に延伸し、新生浅草駅として開業したのが
昭和6年。

隅田川の淵に当時これだけの建造物を立てたのだから
難工事だったろう。

基礎杭には、コンクリート杭ならぬ、松杭が何十本も用いられた。
まさしく時代を感じさせる。

戦前の建物を知る古老の話を聞くと、
浅草の表玄関らしく威風堂々たる建物だったようだ。

屋上には、遊園地がありそれが楽しかったと教えてくれた。

残念ながら、東京大空襲の被害は、外観を残して
全て焼き尽くされた。

戦後の姿は、東京駅のそれと同様に
急場のこしらえと言ったら申し訳ないか。

今は外壁を厚化粧されてしまい、

時代のよさを隠してしまっているのが惜しい。

館内を歩くと遺産があちこちに残っている。

いっそ、創業当時の姿に戻したらどうなのだろう。

縁とは

浅草にも他の都市と変わらず、というのか、
ご多分に漏れずというのか、むしろ、多くのと言うのか、
とにかくホームレスの数は多い。

上野の山は、問題になるほどのコロニーに成長しているし、
隅田川沿いは、高速道路から遠望すると、
ブルーテントが、川沿いに集合住宅化しているのが見られる。

どう暮らしているんだろうかといつも不思議に思っていた。
ある朝、駒形橋脇に多くのホームレスらしき集団が
巨大なビニール袋を持って
誰かを待っている様子のところに出くわした。

それぞれの袋には、空き缶が山と入っていた。

なあるほど。
ここで缶を換金するのであろう。

彼らはこれが生活の手段なのだ。
少なくとも、生きる意識を持つ者にとっては。

お客様のK氏から電話があった。
香合仏を注文してくださった。

彼は、韓国を祖国とするが、日本での僧籍を持ち、
なおかつ事業主でもある。
お店に来られても言葉少なにお寺で使用するお香を、
あれこれと買ってくださる。

「お寺を運営する為の事業のような格好になっているけど
お金を残す必要はないからね」

「大乗の教えを実践していくことがぼくの使命なんだよ」
電話越しで話してくれた。少なからず驚かされた。

豊臣秀吉の朝鮮出兵時の遺跡である鼻塚に祀られていた霊を
祖国へ帰還してもらう事業を昔、手伝わせていただいたことがあった。
何故か、そんな話がぼくの口をついて出た。
「大邱(てぐ)に行ったことがあるんですよ」

今度は彼が驚いた。
そこが故郷だと言う。

不思議な縁だねえと話が盛り上がった。

今度は、彼が「ぼくの仕事はね…」

聞いて驚いた。
ホームレスから空き缶を買い取っているのだそうだ。

「ぼくが一日でも動かないと、彼らは食べられなくなってしまう」
数千人を養わないといけないのだという。
「だからつらくても休むわけにはいかないのよ」

どこでどうつながりがあるのか
縁とは不思議でならない。

ゴムの染め

お直しで仕事をいただくと
これ幸いと、いろいろ調べだす。

ゴムの耐久度
糸の切れ具合
磨耗の仕方
玉の穴繰りと通し糸の関係
などなどである。

今までのをデータベースにしておけば、研究材料になったものを
惜しいことをしたと思う。

これは、糸の後染めの場合果たして色落ちは?
で、実験していたのだ。

シリコンゴムの後染めのものはやはり色が抜ける。
この色はさほど出なかったが、紫は厳しかった。

注意しなければ。