宝物ってなんだろう

今日、「神戸から電話です」と呼ばれて驚き慌てて受話に出ました。

たまたま(ということは仏教的にはないのだが)同じブログのシステムの店子で神戸に冠三宝というお店を持たれるKさまからだったのです。

ブログの縁で、念珠ブレスをお買い求めくださって、今日到着しましたということのご報告と、そのお礼の言葉を頂戴しました。

「嬉しくてお電話しちゃいました」と嬉しそうなお声を聞いて、「喜んでいただいてこの上なく嬉しいです」と言葉にでたけれど、どう表現してよいやらどぎまぎでした。

自分の表現力のなさに呆れてしまいます。
でも何より嬉しいものです。

力が湧いてきます。

朝一番で店に訪ねて下さった東京のKさん。
メールで何度かやり取りさせていただいて、石の種類を決めたうえでご来店されたのです。
30分程度お時間を頂戴して、4本製作させていただきました。
お客様を目の前に製作するのは、昔はドキドキもので、玉でも落としようものならあたふたし頭は真っ白となったものです。
今はなんとふてぶてしくなったものでしょうか。

持ち込みの玉もありましたので何気なく、
「どこのお店で買われたんですか?」と尋ねると、
「だいぶ前ですがここですよ」との答え。

これもまた冥利に尽きる話しです。

数日かけて、古いお客様台帳を整理しました。
日付を見るともう二十年も前の台帳でした。

場所をとるのと紙だとどうしても融通が利かないために、電子化しようと決めたのです。
店番の合間を縫いながら一枚一枚読み返しつつスキャニングしました。

お客様との出会いの様子。
ご家族のこと。
どんな表情をしている方なのか。
どうすると喜んで下さるのか。お悩み事は・・・etc.
お買い上げの商品のこと以上に、お客様の人となりを想像できるカルテのようなものです。

店に立たせたバイトの子たちにも昔は書いてもらいました。

それは、一枚の紙きれなのです。けれど、僕には「人」そのものなのです。
だから、お客様一人一人が、20年経った今でも、カルテに目を通すと実像と化してきます。

面白いもので、読むとお客様のことばかりが想像されるのではなく、対面させてもらった店側の人間性も実像化してくるのです。

表面的なことばかりに終始する記入例。枝葉がやたらと多く、かえってお客様の実像が見えてこない記入例。情の機微に触れる記入例・・・

対面した店員のお客様への愛情度が見事に現れます。

でも熱心に書いてある台帳には、自分で記入したものも含めて頭が下がります。
そこには、対面したお客様をあらゆる角度で知ろうとする努力の跡が読み取れるからです。読みながら涙が出ることすらあります。

僕にはこの書き込みが初心を思い出さしてくれる原点回帰の妙薬であり、カンフル剤であり、宝物なのです。

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