桜橋から言問橋を臨む
アサヒビール本社ビルの金色がコントラストを生んでいる。
桜橋から言問橋を臨む
アサヒビール本社ビルの金色がコントラストを生んでいる。
早朝の吾妻橋を臨む
京急蒲田。学生時代は、川崎大師に向かう支線とここ空港線はカメラバックを抱えて足しげく通った。そんな癖が出てしまう。ここに来るたびに国道を横切る京浜急行空港線の昔ながらの光景に郷愁を覚えながら、これが最期かなとカメラ(携帯だが)を構えてしまう自分がいる。
本線側の支線との取りつけ用高架化のピアーも出来上がって風景が変化するのも時間の問題かな。
夕刻の風に冷え切って品川行きの特急(都営の車輌)に乗り込むと、車内アナウンスが春の雰囲気パッと花が咲いた。
「ん?」女性の声だ。
駅業務の中には女性駅員もよく見るようになったけれど、車掌に女性は京浜急行では初めての体験。アナウンスは女形の男性の車掌もいるけれど無骨な男性の声やテープの声よりはるかにいいなと思った。
ただ、車内トラブルの際にはどうするのだろう。
酔っ払いや痴漢行為など起きたときには、飛び掛ってくれるのだろうか。それとも「業務外です」と取り合わないのだろうか。
まあ無人の車輌が無味乾燥に走る昨今だから、車掌がいるだけでも御の字と思ったほうがよいのだろうか。
残念なことに写真を撮るのをすっかり忘れていた。
ビルの右端はこんなに薄かったの・・・!?
空はどこでも一緒かというと、そうでもないみたい。
浅草で隅田川の上をのぞくのと浅草寺の境内から見るのとここと・・・
微妙に違って見える。
心のせいかもしれないが・・・
子供の頃、母親の働いていた江戸染め物の工場がここ蒲田にあった。
当時は国鉄を使って横浜から通った。
子供心には冒険旅行そのもので、ワクワクとドキドキが同居していた。
親のそばが唯一、安心のバックボーンだった。
しかし、肝心の工場で母親とはぐれた。
「ちょっと待っていてね」と声をかけられた記憶もあるのだが
心細さに頭の中は真っ白になってしまった。
工場のおばさんたちの慰めも制止も全く耳に入らず泣き続けた。
二度と母とに出かけることはなくなった。
そんな記憶がつい昨日のことのようによみがえってくる。
この町にはそんな想い出がある。
京急蒲田の立体工事が着々と進んでいるみたいだ。
随分町の表情が変わるなあ・・・
上さんを誘って吾妻橋アサヒビール本社上のカフェへ行く。
目的はもちろん夫婦のディスカッション。とでも言おうか・・・
しかし敵(たとえばの話し)もさるもので、よく理解している。
「スカイツリーの写真でしょ」
ピンポン!
である。
僕のお財布からの出費なのだから文句はないでしょう。
で、この写真。
左下から中央に伸びる線路がカーブした辺りが工事現場。
この距離だと、塔が建ち始めないとわかりにくいけれど、着々と工事は進行している。新しい東武本社ビルだと思うけれどすでに工事が始まっていた。
去年の夏はこんな状態だった。
そのうちこの画面では入りきれなくなるのだろうな。
現代の三丁目の夕日は、現在進行形である。
手前左の水晶が3個並んで見えるのは、真ん中が黄水晶です。
一個だけ腕輪の中に置いているのは、トパーズ(シトリン)です。