久々・・・歌に感動

最近の歌で久々に泣いた。

「歌スタ」から生まれた。
木山裕策さんの「home」である。

「歌スタ」を知らない方のためにちょっとだけご説明。
簡単に言えば、スター誕生の深夜版とでも言うような番組である。

チャレンジャー達は、楽曲を提供するアーティストたちの前で得意な歌を披露する。30秒の持ち時間が決められていて、見込みがなければ短時間で終了してしまう。もし光るものを感じれば、延長ボタンを審査員たちがおのおの押して10秒づつ持ち時間を増やすことができる。

そこまでですら残れる幸福者を殆ど見ない。
最終審査は、チャレンジャーのために曲を作り今度は、プロヂューサーの最終審査を受けることになってokならめでたくメジャーデビューと言うことになる。

最近、夜更かしの多い僕は、この番組をながら族として聴いている。

「スタ誕」と大きく違うのは、原石を磨いていく余裕がないこと。時間のかからない、即戦力を持つ歌唱力の持ち主を求めているように感じる。

極端なまでの完成度を要求しているのが視聴者である僕でさえ直感的に感じてしまう。

この番組が始まって以来、おおまか見ているが、最終審査まで残ったチャレンジャーは、何人?いただろうか。

歌い手の木山氏自らが四人の子持ち、しかも皆男の子という共通点もあるかもしれない。
そうなんだそうなんだと、ぼく自身知らずうちに、曲のイメージと想い出をダブらせ反芻しているんだもの。

声帯を失うかもしれないという大病を乗り越えて、再チャレンジしている真摯さに心が打たれたのかもしれない。

子供たちがいい子だからかもしれない。

詩に感動したのかもしれない。
詩の終りで子供の成長を通して、自分が父や母に愛されてきたことへの「縦の気付き」が歌われている。

こんな詩、いままであったかな…

盗難

組み立てたばかりの自転車でサイクリングに出かけた。

海岸線を走っていると旧知の友の顔も見える。
次々に併走するもの、追い抜いていく自転車も目立つようになった。

どうやら何かの催しとぶつかったようだ。
やたらと自転車乗りが多い。

(最近の自転車はやたらサイケヤな)
自分の自転車だってオレンジ色に傷隠しのステッカーをやたらと貼っておとなしいとは冗談にも言えないすがたなのに。

そんなことをブツブツ言いながらも、何キロかのコースを走った。

海岸線だった。
久しぶりにいい汗をかき、写真撮影のスポットを見つけた。
ちょっと歩いてみようかな。

観光地によく見られる屋根つきの簡易休憩所を見つけた。
近づくと催しに参加した連中の自転車でごったがえしていた。
縦横微塵に自転車が駐輪している。

ちょっとステップを上がった所で
数台止められるくらいの空きをようやく見つけた。
しっかり鍵をかけて・・・と。

ちょっと不安を感じながら外に出た。
絶景を堪能して戻ってみると、
なんと自転車置場は、フリーマーケットになっていた。

先ほどの混みようは嘘のようであった。
もう売れてしまったのだろうか、やたら台数は少ないし、
ちゃんと整理されていてがらがらだ。

「僕の自転車は?」不安が走った。

どこをどう探しても、オレンジ色のハデハデがどこにも見当たらない。

おかしいなあ。ここに置いたはずなのに・・・
と思ったところにはハンドルばかりが山と積んでいた。
その山の中に、派手なオレンジ色のハンドルを発見した。

見覚えのアルドロップハンドル。
こんなのどこにもあるわけないじゃん。バックも付いているし。

「これは僕のだ!」
もうこれはまちがいない。

「だれか警察呼んでくれー。」
「これは僕のだ。このバックの中に何が入っているかもわかっている」

胡散臭そうな青年に向かって叫んでいた。
(チッばれたか」

明らかに若者は表情を変えた。

あれ?へんだぞ?
目が覚めた。

ここ数日間、東京マラソンばかり見ていたからなあ・・・

仏壇屋にふさわしいチョコ?

店の子が持ってきてくれた

仏壇屋のためのチョコとでもいうべきか・・・。

「礼」あり、
「心」あり、
「愛」あり・・・

バレンタインってキリスト教・・・だったっけ

としたら、これはまさに東西宗教の出会いか!

神仏混交とでも言うべきか・・・ナンテ
まあ食っちゃえ。

いつの間にか・・・

といっても、自転車の古いパーツ探しで感じたことなのだ。
最近ネットオークションという敬遠していた分野に足を踏み入れている。

新車を作っていれば、まったく縁はなかったと思う。

自転車ほど完成度の高い乗り物はない(変化のしようがないとも言う)と思っていた訳で、30年前の知恵で何とかなると思っていた僕は驚きの連続となった。
21世紀に入ってから飛躍的に、素材もサイズもスタイルも駆動系もそして生産地もありとあらゆる箇所が変化したようだ。昔は考えられないような車種が生まれた。

昔は、規格もイギリス式とフランス式の二系統しかなかった。
スポーツ車といえば競技用のトラックレーサーとロードレーサー、ツーリング用のキャンピング、ランドナー、スポルティーフ、程度しかなかったのに、今はとにかく複雑。
レーサーと町乗り車を合体させたようなロードバイクやトラックレーサー(固定ギヤ)を町乗り用に発展させた車種、なによりマウンテンバイクが代表のアメリカ式が頭角を現し自転車業界地図をすっかり塗り替えたように思う。

そんな変化を露とも知らず、30年前の自転車をレストアしてみて、時代の変化を肌で感じることが出来た。

とにかく以前は、ごく普通のどこにでもあったはずのパーツが全く手に入らない。
流行のサイクルショップに出かけ店長と思しき者を捕まえて聞いてみてもまず知識がない。見たこともないという。

そうか・・・。
考えれば30年といえば、その年に生まれた赤ちゃんが、世の中の働き手中としての30歳になる年月なのだもの。しかたないか。

で、結果として自転車屋回りするよりも、ネットを駆使して探すほうが早いということに行き着いた。

ただ、残念なことに必要としていても落札終了になるまで買えるかどうかは不明。

買うだけなのに胸ドキをさせてもらえるのだから不思議な感覚だ。
しばらくは続きそうである。

病み付きにならないように気をつけなければ・・・

いいわけ

おかげさまで、
TONちゃん日記がもうすぐ35万アクセスに達します。
途中2万人くらいで、どういうわけか、カウンターが0に戻ってしまっているので、
実質は37万人を越えて、本体のショップページのアクセス数を越えているかもしれません。
一日2000人前後のご訪問を頂いて嬉しい限りです。

メルマガを書かせてもらおうと準備をして
文章の勉強かたがた書き始めた店長日記だったのですが不思議です。

氾濫するメルマガやスパンメールに辟易している自分。
メールが届くと、初めからフィルタリングしてお客様以外のメールは、
ダストボックスにポイする自分(時々失敗をやらかしてしまうのですが)。
あとで読もうと思って保管しているつもりでも、溜まってそのうちポイ。
メルマガって発行者が思うほど期待されちゃいないんじゃないの?と思う自分。

っていうことで・・・つまり、
メールマガジンって何さ?
の疑問にぶつかって、止まっちゃったのであります。

日々感じることを書くに止まっているような気もして、
読まれる方には、お付き合いしていただいて申し訳ないな、
と思ってみたりしながらも、相変わらず、
興味の対象を刻々変えながら書き散らしているわけです。

mixiみたいに足跡機能がないから
どなたが訪問してくださったかはわからないのですが、
何かお礼がしたくなるほどです。

TONちゃん日記に来て下さった皆様に感謝です。
どうぞ変わらずお付き合いの程をよろしくお願いします。

さあて、また日は昇る時間が近づきました。

一日の始まりです。

秩父を走りたい。

と、昨年暮れ浅草寺で秩父観音霊場の出開帳を開催したとき、
密かに(こうして書けば密かにはならなくなるけれど)思うたのであります。

これこの通り

納経帳も教本も売るほどあるのに、
心に楔を打ち込むつもりで買い求めたのであります。

いつも送る側で甘んじているけれど、
元来がじっと頭で思索することも好きだけれど、
動きながら思索することが、ぼくのスタイルなのであります。

巡るからには、もちろん足か自転車と言うことで、
コツコツ自転車通いで、廃盤パーツを捜し求め、
30年振りに愛車を復活させているのです。

そして、なまった体を正月からは、毎日スクワットで鍛え、
これが、珍しく続いているのであります。

あとは時間をひねり出せれれば何とかなるのだが・・・

あ!肝心肝心。
心を忘れないようにしないと・・・

白髪抜き

子供の頃、コタツでテレビをみていると、
「そんなに暇なら白髪でも抜いてょ!」

と、お声がかかり、
母親の白髪抜きの手伝いをさせられた。

前髪よりも頭頂部、頭頂部より側頭部のやや後ろ側という
本人からは死角となる位置ほどどういうものか、
その白いものは多かった。
人は一人で生きていけないということかもしれない・・・

頭髪を掻き分け見つけたときの喜びは、
深山に宝を発見したような感触を受けたものであった。
宝を探し当てたことは実際はないのだから、予想でしかないけれど。

とにかく、いったん親指と人差し指で挟んだら最後、
頭骸骨に対し垂直に、全身全霊の力を込めて思い切りよくいっきに引っ張らないと
すこぶる痛いものらしかった。
その点ぼくは何故だか上手くて、
「おまえのは痛くない」と評判だった。

姉がたまに抜くと「あ痛っ」っと母の大声と、
痛みを分散する為に、頭を擦るしぐさをいつもながら目にした。
黒毛を抜きそうになって躊躇するからそうなるのである。
かまうこたあないのだ。
「抜けたよ」と白いものだけ選んで見せてあげればよいのに。

歳をおうごとに宝物を発見する確率は高まった。
そのうち頭髪を掻き分けなくとも、
誰の目にもごっそり見えるようになってきた頃、
僕の手を借りることなく、毛染めする母の光景を目にするようになり
それは卒業した。

僕の頭は父親似だから、剥げることはあっても白髪には縁がないだろう。

そう思い続けてきた。

四十路を過ぎるころ、鏡の前に立つと、「あれ?」と、白いものが・・・
頭ではなく、鼻の中に・・・
どういうわけか鼻毛が白くなった。
日増しに割合は増え、五十路を過ぎるとついに
もみ上げ部に白いものが見えはじめた。
はげることはあっても・・・と思い込んできただけに、嬉しかった。
そのうち月を追うごとにごそっという単位で増えはじめた。

当初お宝と思っていた白髪もこう増えちゃもうプレミアは付かなくなった。

白髪抜きを卒業した、母と同じ歳になったことに気が付いた・・・

妙な気分になった。

聖俗

仏像彫りで原画探しに合羽橋にある中央図書館に走る。

いやあ今日は、とにかくあっちへ行ったりこっちへ行ったり
まさしくピュンピュン丸だった。

最後の最後まで、全力疾走。
ちなみに靖国神社へも全力疾走。
もうへとへと・・・

で、なんとか原画は見つかり、せっかくのチャンス。
浅草寺資料を今後の参考にと二階の郷土資料室を訪ねる。

思った以上に寺の資料は少なくてちょっと残念。
目を配っていると、こんな資料棚が目に入る。

しかも浅草寺資料の背中合わせの棚。

さすが浅草。聖俗が一つところにまとまっている。

地元ならではの格好となっているではないか・・・