香りとメモリー

お客様に手紙を書いている間、家族の寝息だけでは寂しくて、NHKをかけていた。

佐野元春のザ・ソングライターズという番組がオンエアされた。
何気なく顔は伏したまま目だけ上目遣いに向けていると、海外のどこかのメディアで見たことのある番組構成で、またパクリか・・・とまた筆を走らせた。

「ゲストはさだまさしさんです」の声にまた上目遣い。
さだまさしは、数少ない上さんと共通したお好みのスター(というのか)。もう一つのお好みは、嵐。
まあさておき、お好みの影響で、手を休め顔を正面に向けて、しばらく画面に集中し始めた。

シンガソングライターが曲を生む時の逸話やヒントを聞き出していく。聴衆の大学生たちと実際に曲を創っていくワークショップ形式で進めている。
面白い構成だなあ・・・
さだまさしも偉くなったもんだなあ・・・など番組と関係ないことをブツブツ独り言口。上さんは爆睡していてちょうど良かった。最近は独り言までチェックされるのだからたまったもんじゃあない。

手はおろそかになったまま。

その中の話で、詩を書く作業の話をされた。
詩は体温をつたえるもの。相手の体温にリーチすることが大切なんだということだった。
風景を感じるか、色を感じるか、においを感じるか・・・
と曲創りの奥行きを知った。

曲創りに匂いか。
乾いたアスファルトに雨が降った時の立ち上る匂い。
ただいまと帰って玄関の戸を開けたときに香る匂い。
匂い、香りは曲創りに欠かせないということ、そして感じない曲は創れないということは、お香を販売するものとしてはなんとも面白い世界だと感じた。

脳のメモリー部分である海馬にダイレクトに届くのは匂い、香りなのである。

幼い時に歩いた海岸通りの汐の香り。
中学のキャンプで初めて炊いた飯盒から溢れる湯気の香り。
親しい人との別れに号泣し、目から鼻をつたう涙の匂い。
新緑の野山の青臭い香り。

あの時のことを思い出せと言われても、過ぎた過去は映像としてなかなか思い出せない。匂いに思わず幼い日の情景がフラッシュバックすることはそう珍しいことではないだろう。
匂いって人の感性の中でも、メモリの奥底にしまってある記憶を起動させるプログラムなのだと改めて思わされた。

芸術家たちは体験的にそれを駆使するのだ。

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