床屋のはさみ

祭りが終って気持ちの切り替えに1000円床屋に出かける。

ここ最近、あっちにもこっちにもこの手の床屋が浅草にも姿を現しつつあるけれど、
僕は決まって吾妻橋を渡って雲子ビルの根本に行くことに決めている。

1000円で整理券を受け取り、数分待つことになった。
暇そうにしていた髪ぼうぼうの長男を引っ張り出してつき合わせたから、逃げられぬよう奴を先に席に着かせたから、少ない店員のここでは、こういう状況になるのは必然なのだ。

女の店員さんが気を利かせて前の人をすばやく終えてくれた。
僕は正直なところ男性店員のほうが気に入っているから、後でもよかったのだが。

そうとはいえないもの。

席に着くと即チョッキンチョッキンと髪を切り出した。
刈ってもらいながらも、やはり男性店員の順番を待てばよいと後悔した。
恐る恐る髪にはさみを当てるとでもいうのか、思い切りがよくないのが髪を伝わって解るのだ。

上さんにこんな話をすることはできない。どうせ・・・
「細かいんだから」と馬鹿にされるだけだから。

でも、刈られる側というのはそんなものなのだ。

はさみの音ひとつで、感情やキャリアや体調が伝わってくるものなのだ。
うまい人、元気な人、地震のある人が刈ってくれたあとは、多少下手でも店を出た後気持ちよい。
そんなことを期待して床屋に入る人もあまりいないかもしれないけれど、僕は子供の時からそうなのだ。

だから、

「刈る側」と「刈られる側」、原因者と結果者とでは違うものなのだ。

とまれ。
よく考えてみると、僕も店で販売や念珠の製作をしている立場で、同じことをしていないだろうか

理容室ばかりにあてはまるのじゃないものな・・・

かゆいところに手が届く、お客様のニーズを満足してもらえる販売、製作ができているだろうか・・・

気づかせてもらった・・・。

一之宮商店会のデビュー企画

わが雷門一之宮商店会の誕生祭を5月16日、17日の
三社祭りにあわせて行います。

100mの短いアットホームな商店会ですが、
盛りだくさんの催しを企画しています。

梅后流江戸芸かっぽれの100人踊りが見所です。

お囃子は去年も・・・

皇乃会による和太鼓。

そして演歌歌手のお二方も応援にかけつけてくださるとなると・・・


一の宮志乃さん。
一之宮つながりなのです。
しっとりとした歌を聞かせてくれます。

永峰ゆう子さん。
「三社祭」の歌が威勢が良くていい調子です。

さあ!
あとは頑張らなくちゃあ!!

となるのです。

タイムスケジュールは明日アップしますね。

迷う

もう来週は三社祭り。

先駆けて神田祭が始まる。
http://www.kandamyoujin.or.jp/kandasai/h21/index.html

「御仮屋すごいから見ておいでよ」との声に、じゃ見てこなきゃ・・・
とばかりに腰を上げているうちに電話がなって目黒の若旦那じゃないの。

「阿修羅展よかったですよ」
「阿修羅もよかったけれど、もっとよかったのは当時の念珠が展示されて・・・」
当時の技術の高さとほうぐに対する職人の心を語ってくれた。

ふ~~~む・・・

http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=6113

さてどうしよう・・・

寝返り

夢の途中で屋根から落ちる。谷に落ちる。
ガクッと来る事がホントにまれにではあるけれど数年に一度くらいに起こる。

生きた心地がしないガク!なのである。
目がさめて、夢で良かったと正直に思う。

夢的にはあまりよくないと聞いた事があるけれど、
生きていることに感謝できるのだから、僕的には良しとしている。

どうも昨夜無理に寝返ったのか、腹筋を痛めたみたい。
肋骨でも折ったかと思うほど左側のわき腹に激痛が走るので起き上がれなかった。
そういえば、寝ながらグキッて遠くのほうで聞こえたなあ・・・
おかげで朝も走れないし、歩くのもおぼつかない。

これこそ夢であってほしい・・・と思うのである。

変化する香り

お線香にしてもお香にしても製作工程は、母材であるたぶの木や炭を粉状にしてそこに香りの元である香料を添加して作る。

天然香には、金より数倍高い!と高価な材料の代表格として知られることとなった伽羅を初め、高騰を続けている沈香、白檀、などの香木素材に漢方の薬種を練りぜて作る。人工香料を練り混ぜて作る安価なものまでさまざまである。

時々前の時と香りが違うとお叱りを受けることがある。
「なんで違うんだ」
というのである。
まさしくごもっともなご意見と丁寧にお受けさせていただく。
ご意見はご意見として心からありがたく思う。

香を扱うものとして、知っていただきたいこともある。
あまり線香メーカーは口にしないのだが、
彼らは、血のにじむような努力を続けている。
何のどりょかかといえば、もちろん香りの努力に違いないのだが、不安定要素に対していかに安定させるかということなのだ。

人工香料を使うものならば、まだしも(それでも母材は「たぶの木」という天然素材で香りは不安定)天然香料の香りは、文字通り天然なのである。

100木あったら100木の個性がある。
一本の香木でも部位によって全く異なるのである。
副素材の丁子だウイキョウだとした漢方薬種においてもその収穫の年々で香りは異なる。

そうしたおてんばな素材をつなぎ合わせて、イメージに合った香りに近づけるのである。
代々伝わる調香表なるものが、各メーカーには残されている。要するに香りの設計図であるが、門外不出のお香屋の命である。
それを元に香りを組み立てる。

しかし先ほどのとおり、素材は刻々変化する。
その不安定な香りを均しながら、安定した香に仕上げていくのである。
そして最期の味付けをするのは人間の感覚なのであるが、このあたりになると神業としか言いようがないと僕は常々感じるところだ。

同時に、しばしお使いいただく側にもいくらでも不安定要素は考えられるのだ。

季節、気温、湿度、空気の流れ、部屋の状態、部屋の匂い、
香の形、燃え方、燃やし方、保管の仕方、保存期間、
本人の体調、心の状態、etc.エトセなのである。

いい例が、
料理が毎度毎度美味しいと感じるだろうか。
お酒がいつもいつも美味しいと感じるだろうか。
食べる側がデスクワークして食べるのか、スポーツや労働のあとで食べるのか、はたまた病み上がりで食べるのか、体調いかんによって、またその時の環境はどうなのか、ムード溢れるロマンチックな中で食するのか、家事や仕事に追われ、文字通りせわしない中で食するのか、それこそ感情いかんによって味は七色変化するのである。

いわんやこれほど感情と直結している鼻という人体の器官が、常に同じセンサー値を出せるはずがないのである。

香の道をたしなむ者やパフューマーなどプロの香り師として常に安定させるために体調管理に怠らないことを知っている。

ちょっと頭の片隅に「香りは変化する」とだけ残しておいて欲しいなあと思うのである。
香りこそ「無常」なのである。

どう生きるか

1年で10年肉体が衰えるという難病のカナダの少女アシュリーさんが18歳の誕生日を目前に亡くなられた。と、今朝の情報番組で知った。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00153634.html

何度かテレビでドキュメントが流されたりして話題をそのつど示すこともあったが、めまぐるしい今の世の中、記憶に残ることは少ない。
しかしそんなこととは関係なく、本人もそして母親を含む回りの人間も現在進行形で、難病と闘っておられたのだなあと、今さらながら感ずるのである。

彼女の持つ難病はプロジェリアといい、800万人に一人という、遺伝子レベルでの難病のようであり、まだ根本原因も治療法も突き止められていない。

彼女と同じ病を持つアメリカの友人ジョン君(故人)は、レポーターの質問に、
「人生はどう生きるかなんだ。長さは重要じゃない」と話した。
また、アシュリーさんも「死ぬことは覚悟している」とも。

心を打たれた。

記念品になるか・・・

横断旗としてせっかく装飾用に作ったのだけれど、いざ現場で作業してみると、うまく設置できないのがわかった。残念。

しかたない。今年は、当日の来場者の方への記念品になるか・・・

白髭橋まで

今朝は、折り返し地点の桜橋でつい曲がらず、橋からいつも横目に見て、いつかあそこまでと思っていた上流の白髭橋に向かうことにしました。

桜橋までは、公園の様相で施設も整備されてきれいなのですが、上流域は昔ながらの堤防が2mくらい聳え立つ脇の小道。まったく表情が異なりました。

高速道路下という恵まれた?環境のためか、ブルーテントの住人が多く住い、女性一人ではちょっと恐いかな・・・などと思いながら気が付けば白髭橋に到着。

帰りついてから何キロ走ったのか調べたくなりました。

ネットを調べると、
ジョギングシュミレーターちゅうものを発見しました。

http://42.195km.net/jogsim/
便利な世の中です。

で、足取りを書き込んでっと。住いから駒形橋そして白髭橋、で復路。
調べてみると、今日のコースは5.8km
いつものコースは3.3km

ふ~ん。
ごはん一杯分の消費量だって・・・

いつかの空

ちょうど30年前の今頃の季節。
ところは・・・

小野小町のふるさと。
といわれている福島県小野新町。

国鉄の看板が今は何とも懐かしい。

仲間何人かと夜行で駅に降り立ち、なだらかな阿武隈を走った時のもの。

自分の自転車は友人に貸して手元になかったものだから、
急きょ競技で使っていたロードレーサーに泥除けを無理やりくくりつけ使用した。

ツーリングだからと思い、チューブラのタイヤより扱いやすいと思って、出始めたばかりの国産の700Cを使おうと、ホイールも組みなおし出かけた。

しかし、現実は無情だった。

何しろいつものような無茶な走りをすると、ちょっとした未舗装(僕らは地道といった)に出くわすと、パンクにつぐパンクで、何度足を止めざるを得なかったろうか。

ダウンヒルの爽快さも、地道の楽しさも感じるゆとりもなく注意深く路面の凹凸を気にしなければならなかった。

友人たちにも終いにはあきれ果てられ、肩身の狭い思いをした。

「オーマイゴット!」と叫んだかどうかは覚えていないが、
その度に、宙を見つめた。

空は蒼かった。
すこぶる清んだ春光の波に鯉のぼりがはためいているのがとても印象的だった。

何かあると、空を望むくせは、
もうこの頃には、僕の中にしっかりと根付いていたようだ。

それにしても
また行きたいなあ・・・